元々、事務仕事が得意でもなければ好きでもなかった私は、彼に料理を教え込まれた事もあり、宮付きの女官の仕事に強い興味を持っていた。
将来的に彼と一緒になると決まっているのなら、好きな仕事は今のうちにしか出来ない。
私は彼に、その時に丁度、女官を募集していた巨蟹宮に勤めてみたいと懇願した。


彼は快諾してくれた。
頑張って来いと私の背を押し、応援の言葉も掛けてくれた。


でも、それは表面上でしかなかった。
彼は知っていたから、巨蟹宮が『女官が三日で逃げる』と噂の最悪の勤め先である事を。
そして、私が直ぐに根を上げて、宮付き女官の仕事など辞めてしまうだろうと踏んでいたのだ。
たかが、まだ十六の小娘。
それがあの気難しい『蟹座の黄金聖闘士様』相手に、上手く立ち回れる筈などないのだ、と。


だけど、彼の意に反し、私は驚く程にデスマスク様と上手く接する事が出来ていたし、良好な主従関係が作れていた。
直ぐに根を上げて辞めるどころか、仕事は日増しに忙しくなり、デスマスク様の要求も遠慮がなくなりハードになっていった。
その分、当たり前のように彼と過ごす時間は減ってしまった。
仕方ない、住み込みの宮付き女官の仕事だ。
休日以外には自由な時間などないだろう事は覚悟の上だった筈。


だけど、週イチで取れる筈の休みも、デスマスク様の都合で潰れてしまったり、急に変更になったり。
その度に、彼を待たせて、約束をすっぽかし、なのに、その連絡さえも出来ずに仕事を優先してしまう日々。
そんな私の仕事と態度に、彼は当たり前に、あっさりと我慢の限界を越えてしまったのだ。


宮付き女官となって半年程経ったある日、突然、巨蟹宮まで押し掛けてきた彼。
私を宮の外へと連れ出し、仕事を辞めろと言い出した。
ずっと彼は私を応援してくれていると思っていただけに、それは激しいショックだった。
確かに、デスマスク様は厳しい方だけれども、私はこの仕事に遣り甲斐を感じていたし、天職だとさえ思い始めていた。
なのに、辞めてしまえと、彼はいとも簡単に言ってのける。
こんな仕事は続ける必要はない、もっと俺を立てろ、と……。


勿論、私は嫌だと断った。
もっと仕事を続けたい、楽しくて充実していて、もっともっと色んな事が出来るようになりたい、色んな事を知り学びたいと、大きな期待が胸の中にあった。
それを伝えれば、私の背を押してくれた彼なら分かってくれる。
そう信じて、まだ数年は仕事を続けたいのだと、彼を説得しようとした。


だけど、彼から返ってきた言葉に、私は自分の耳を疑うしかなかった。


「アンヌ。オマエ、デスマスク様の手でもついたか?」
「……え?」


その一言は、鈍器で頭を殴られたような激しいショックだった。


俺よりもデスマスク様の方が大事なのか?
そう思うくらいに惚れちまったのか?
よせよせ、相手は黄金聖闘士様だ、摘み食い程度の感覚で女官に手を出すのも日常茶飯事だろう。
どうせ直ぐに飽きられて捨てられる。
そうなる前に、こんな仕事なんて辞めて、俺のところへ戻って来い。


彼の口から発せられる一言一句、その全てが鋭いナイフとなって私の心に突き刺さった。
こんな人を……、こんな男性を好きだと思っていたのか、私は……。


結局、互いの心を理解する事も出来ないまま、いや、理解する事を拒否した彼と私は、その日を最後に『恋人』としての縁を切った。
今から、五年以上も前の事だった。





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