「どうかされましたか、アイオリア様?」


見上げた彼の顔は、驚いているというか、どちらかと言えば恐怖に歪んでいるように見えた。
何か言いた気に開いた口元は、ただパクパクと音もなく開け閉めされ、その口の端は明らかに引き攣っていて。
綺麗な緑色の目を大きく見開き、私の頭越しに後方を凝視している。


私の後ろに、誰かいるのか、それとも何かあるのだろうか?
そう思って振り返れば、そこには鋭い瞳を更に鋭く尖らせたシュラ様が、激しくご機嫌斜めな様子で立っていた。
いや、表情はいつもの無表情から何ら変わりないのだけれど、その全身から醸し出される雰囲気というか、ドス黒いオーラで嫌という程に分かる。


シュラ様、怒ってる!
凄い怒ってる!


「し、シュラ……。」
「シュラ、さ、ま……?」


傍目にも分かる程に、アイオリア様の額から冷や汗がボタボタと流れ落ちた。
アイオリア様だけじゃない、私も背筋にゾッとしたものを感じ、気を緩めると身体が震えてしまいそうだ。
まるで、この場、この部屋の空気全てが、鋭く光る剣のように肌に突き刺さってくる感覚。
これが多分、シュラ様の発する威圧感、彼の研ぎ澄まされた小宇宙なのだろう。
一般人の自分でも恐ろしいくらいに分かる、シュラ様の放つ『気』そのものが『聖剣』なのだという事が。


「何をしている、アイオリア?」
「い、いや……。何を、というワケではないのだが……。」
「ほう……。用もないのに宮主のいない部屋に上がり込むとは、どういった事だ?」
「そ、それは……。」


鋭くなる一方のシュラ様の目付きと威圧感に、どもるばかりのアイオリア様。
これは勝負にすらなっていないのが明らか。
でも、山羊に射竦められる獅子だなんて、ちょっとおかしいかも。
いや、そう思っている私自身、足が竦んで動けないどころか、緊迫した状況に声も出せずにいるのだけれど。


「アンヌに用があるというのであれば、宮主である俺を通せ。勝手なマネは許さん。例え、黄金聖闘士のお前でもな。」
「わ、分かった……。すまん、アンヌ。さっきの話は忘れてくれ。じゃあ、またな。」


そう言い残すと、アイオリア様は慌しく部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、呆気に取られたままの私と、酷く不機嫌な様子のシュラ様。
部屋の中には、妙に張り詰めた空気が残ったままだ。


「アンヌ。」
「は、はいっ?!」
「相手が黄金聖闘士だからといって油断するな。アンヌは隙があり過ぎる。」
「は、はぁ……。」
「全く、外出制限していたデスマスクの気持ちも分からんではないな。先日も、俺の居ぬ間にアフロディーテと二人きりでいたようだし……。」


先日、アフロディーテ様が私の様子を見に来てくれた時の事だろうか。
そう言えば、あの時のシュラ様も、何処か不機嫌だった。


「俺のいない時に、気安く男を部屋に通しては駄目だ。そうでもしないと、危険を回避出来んぞ。分かったか?」
「は、はい……。」


危険な事なんて、何処にあるのだろう?
アイオリア様もアフロディーテ様も、シュラ様と同じ黄金聖闘士、彼とは信頼し合う仲間である筈なのに。
私が納得のいかない顔で背の高いシュラ様を見上げていると、呆れたように深い溜息を吐いてみせる。


と、次の瞬間。
スッと身を屈めたシュラ様が、瞬きよりも早いスピードで私の唇に軽いキスを落としていた。


「っ?!」
「こういうところが、隙だらけだと言っているんだ。」


直ぐに傍を離れ、奥の部屋へと歩いていくシュラ様。
その大きく翻る白いマントを見つめる私の心には、僅かに頬に触れた聖衣のヘッドパーツの冷たさと、シュラ様の唇の柔らかな熱さが交互に襲い来る。
確かな現実の感触を突き付けられて、私の頭は混乱するばかりだった。





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