「それにしても……、随分と綺麗に片付いたな。」


途切れた会話の隙に、アイオリア様はリビングの中を見回して呟いた。
以前の『散らかし放題・汚し放題』な、とてつもない状態を知っている人であれば、驚くのも無理はない。
なにせ、あの部屋の荒れ具合と、今の部屋の様子を比べれば、まるで別物。
全く別の部屋にいるようなものなのだから。


「アイオリア様もご存知だったのですか? 以前のこの部屋の『惨状』を。」
「まぁ、な。来る度に酷くなってて、あまりの凄さに、いつも圧倒されていたよ。シュラはパッと見、そういう男には見えんから、より一層、悲惨に思える。」


浮かべてたいた笑顔を苦笑に変え、クククと小さな声を唇の隙間から零すアイオリア様。
心の中では片付けの全く出来ないシュラ様に対し、呆れ果てているだろう事が伺える。
確かに、どちらかと言うとシュラ様の部屋よりも、アイオリア様の部屋の方が散らかっていそうな感じがするわよね、イメージ的に。
でも、実際はその逆なのだから不思議。


「折角ですし、お茶でも如何ですか? 生憎、冷たいアイスティーしかありませんが。」
「いや、良い。アンヌの顔を見たら、直ぐに戻るつもりだったしな。」
「でも、わざわざ来て頂いたのに、お茶の一杯も出さないなんて、私の気が済みません。」
「良いんだ、アンヌ。気にしないでくれ。」


ふと、アイオリア様を立たせたままで話し込んでいた事に気付き、ソファーに腰を下ろすよう勧めたが、彼はやんわりと首を振ってそれを断った。
お忙しいのだろうか?
なのに、私を心配してココまで来てくださったなんて、やっぱりアイオリア様はお優しい方だわ。


「そうだ……。アンヌ、次の休みはいつだ? もし、まだ予定が決まっていないようなら、俺と一緒に市街へ出掛けないか? 俺も同じ日に休みを取るから。」
「え、でも……。」
「俺とでは、嫌か?」
「いえ、決してそういう訳ではないのですが……。」


次の休み……。
その日は市街に出て行こうと前から決めていた。
どんなに綺麗に片付いても、この部屋はまだまだ足りない物だらけだ。
だから、今は不足気味のこの部屋に合う『カラー』を出すために、少しずつでも良い物を増やしていければ。
そう思って、次の休みには市街へ買物に出ようと思っていたのだ。


だけど、シュラ様の部屋に必要なものを揃える、そのための買物に、アイオリア様を付き合わせる訳にはいかない。
カーテンとかラグとか、嵩(カサ)の張るものであれば尚更。
それらを運ぶのに男手が必要とは言っても、それをアイオリア様にお願いするのは間違っているのも良いところ。


「えっと、あの……。」


どうするべきか悩む。
アイオリア様のお誘いをお断りして、買物に専念するか。
買物は諦めて、アイオリア様との外出を楽しむか……。


あ、でも、私のような女官如きが、アイオリア様からのお誘いをお断りして良い筈がない。
いや、逆を考えれば、私如きがアイオリア様と一緒に外出するなんて畏れ多い、とも言えるけれど。


俯き、女官服のスカートをモジモジと握り締め、深い逡巡を繰り返す私。
黄金聖闘士様からのお誘いなら、誰もが即決で返事をするだろうに、こうも優柔不断で決断出来ないなんて、アイオリア様も苛立たしく思っているかもしれない。
どうするべきか迷いながら、自分の爪先と、目の前に立つアイオリア様の爪先を交互に眺めやる。


と、その時。
アイオリア様がハッと大きく息を呑んだ音が聞こえて、私は驚きと共に顔を上げた。





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