その夜。
夕食の後片付けも終えて、やっと今日のお仕事も終わりだわ、なんて思いつつ大きく伸びをした、その時。
お風呂上りのハーフパンツ一枚だけな姿のシュラ様が、ひょっこりとキッチンに顔を出した。
この人は自宮で服を身に着ける習慣がないのだろうか?
お風呂上りにはバスタオル一枚だけとか、ハーフパンツだけとか、常に半裸な状態なので、そろそろ私もその立派な胸筋を見慣れてきた気がする。


「アンヌ、アイロンは何処にある?」
「アイロンですか? アイロン掛けが必要なものがあるなら、私が致しますけれど。」
「いや、良い。自分でする。悪いが俺の部屋に持ってきてくれ。」
「あ、はい。分かりました。」


洗面所に向かったシュラ様が歯磨きをしている間に、アイロンとアイロン台をシュラ様の寝室へと運び込む。
今では綺麗に片付いているデスクの上に、それをセットすると、私は部屋を出た。


そういえば……。
ココに来る以前、良く巨蟹宮へ出入りしていた頃のシュラ様を思い浮かべる。
いつも小綺麗でさっぱりとしたスタイルをして、シャツが皺だらけだった事もない。
意外に意外、キチッと自分でアイロン掛けをされていたのだろう。
お部屋は多少、いや相当に汚くとも、身だしなみだけはキチンと整えてはいるんでしょうね。
だから、誰も知らないし、気付かないんだわ。
シュラ様が、こんなにも酷い『片付けられない症候群』だという事。
クールでスマートな彼の見た目からは、絶対に想像出来ないもの。


少し目を離した隙に雑誌が散乱していたソファー周りを片付けて、リビングの電灯を消した私は、自分の部屋へと向かう。
その途中、僅かに開いた扉の隙間からシュラ様の部屋の中を覗き込むと、額の汗を拭いながら丹念にアイロン掛けをする姿が見えた。
あの真っ白で大きな布は……、マントだわ。
黄金聖衣を装着した時に、風に美しく揺れる純白のマント。


明日は近くの村へ任務に赴くと言っていた。
戦闘を伴うような任務ではないとはいえ、シュラ様の身が心配になる。
聖闘士だもの、いつ何処で危険な目に会うか分からない。
常に死と隣り合わせ、危険は傍にあるもの、それが聖闘士。


不意に湧き上がってきた不安に、私の胸が大きく波打つ。
そうだ。
あの日のデスマスク様のように、突然に帰らぬ人となる事だってありえる。
どんな相手にも全力で立ち向かうだろうシュラ様は、多分、デスマスク様よりも怪我や死のリスクは大きい。
考えたくはないが、その可能性は黄金聖闘士の中でも一番に高いように感じられて。
私は酷く痛む胸を抱いたまま、不安の内に眠りに着いた。


翌朝。
目も眩むばかりの至高に輝く黄金聖衣を纏い、真っ白なマントを翻して颯爽と十二宮の階段を下りていくシュラ様の後ろ姿を、見えなくなるまで見送りながら。
私は何故、こんなにも苦しいのだろうと、自分の胸に生まれたこの感情に、不安と同じくらいの戸惑いを感じていた。



→第8話に続く


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