未だ慣れない移動手段。
シュラ様の腕に横抱きにされて、目にも止まらぬ早さで、朝の聖域を駆け抜けていく。
全身に掛かる圧力と、肌を刺す痛い程の風。
そして、シュラ様の端正な顔を目と鼻の先に見る恥ずかしさに、私はギュッと目を瞑っていた。


「……着いたぞ、アンヌ。」


耳元で囁かれた微かな声。
穏やかで落ち着いた、彼の低い声。
恐る恐る目を開ける。
真っ先に飛び込んできたのは、目の覚めるような青、雲一つない空の青色だった。
どうして空が見えるのかと、私は数度、瞬いた。
いつもシュラ様は立ち止まる事なく磨羯宮まで走り抜けて、私を陽の光に曝さないようにと、気遣ってくれるのに。


「まだ早朝だ。陽の光も強くないし、気温もそれ程には高くない。この程度であれば、身体に負担も掛からんだろう。たまには、お前と二人、青空の下をゆっくり歩くのも悪くないと思った。」


彼の腕から降ろされた私は、呆然とその横顔を見上げた。
私の事はチラとも見ずに、淡々と言葉を紡ぐシュラ様は、相変わらずの無表情だ。
だが、ホンの少しだけ照れているようにも感じられた。
多分、それは長く傍にいる私だけが感じ取れるものなのだろうけれど。
その視線を追って、私も上方に視線を移す。
磨羯宮は、もう直ぐそこだった。
このくらいの距離であれば、帰り着くまで持ち堪えられると思う。
シュラ様の言う通り、まだ陽も強くないし、気温も上がっていないのだから。


「……アンヌ。」
「シュラ様?」


一歩、階段へと足を踏み出した彼が、振り返り際に差し出したのは、その大きな左手。
一瞬、何の事かと首を傾げそうになった私だった、それが何を意味しているのか直ぐに気付く。
気付いて、何だか凄く照れ臭くなって、私は遠慮気味に自分の右手を、その手に重ねた。
ギュッと強く握られ、顔が熱くなっていく。


手を繋いで歩こうだなんて、シュラ様らしくない。
いや、逆に彼らしいのかも。
人の多いところでは、ピタリと寄り添って私を傍から離そうとしないし。
でも、ココは人混みでもなければ、朝が早過ぎるために人の気配すら感じられない場所だ。
あ、そうか。
人目がないから、こうして私と手を繋いで歩くだなんて恥ずかしい事も、堂々と出来るチャンスなのかも。


「……何だか不思議な気分です。」
「何がだ?」
「シュラ様と手を繋いだ事は何度かありますけど、私服でしたし、街中でしたし、何と言えば良いのか……、あの、普通のカップルのような気分でした。」
「で?」
「今は十二宮の途中です。遠くにアテナ様の神殿も見えていて、人気もなく静かで、早朝のせいもあってか厳かな空気すら感じられます。そのような中で、黄金聖衣姿のシュラ様と手を繋いで歩いているだなんて、少しばかり畏れ多いというか、現実ではないような、何とも言えない感覚です。」


言葉にするのは難しい。
どう表現すれば正しく自分の気持ちを伝えられるのか判断が出来ない。
真横に見上げるシュラ様が、余りに凛々しくて。
朝日に照らされて光る黄金聖衣が、余りに眩しくて。
翻る真っ白なマントが太陽の光でオレンジ色に染まる様が、とても神聖に見えて。
神が欲した至宝の闘士と、ただの普通の人である私とが、こうして手を繋いで歩いている事実が、『不思議』という言葉以外では表現しようがなかった。


「慣れろ。これからは聖域内部での祝いの席で、この姿の俺の横に並ばねばならぬ事も出てくるだろうからな。」
「祝いの席?」
「そういう事も増えてくる。事実婚とはいえ、俺達も皆に報告しなければならぬし、そうなれば祝いの席も設けられるだろう。デスマスクやアイオリアのところも、その内に同じ報告が聞けると思う。」


そうか、平和になるという事は、そういう事が増えていくという事。
私達も未来に向けて進み始める時期なのだ。


「まずは任務の報告を終わらせて、それから五日間の休暇をもぎ取る。日本へ行くぞ。」
「日本、ですか?」
「温泉旅行に行く約束だっただろう。」


そんな事をポツポツと話しながら上っていたら、いつの間にか磨羯宮まで辿り着いていた。
先に進むシュラ様の背後で、私は立ち止まり、後ろの階段を振り返る。
そう、私達の道程は、きっとココから始まっていく。
それが短く終わるのか、長く続くのかは分からない。
分からないけれど、この一瞬一瞬を大切に積み重ねて生きていきたい、決して後悔しないように。
磨羯宮に入る直前、朝日に煌めく長い十二宮の階段を見下ろしながら、私は心の中で、そんな事を思っていた。





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