「嘘のようだな。」
「……え?」
「そうだろう? 認めてしまえば、こんなにも心が軽い。数時間前までの迷いに迷っていた自分が、嘘のように思える。」


そしてまた、シュラ様に似た笑みをフッと零すアイオリア様。
両手を広げて大きく伸びをし、まるで、上空に広がる満天の星空を、その全身で受け止めようとしているかの如くに、私には見えた。


「今まで毎日が、ずっと憂鬱だった。朝起きてから、夜眠るまで、常に憂鬱で、苛々して。なのに、謹慎中で任務に出る事も許されず、溜まった鬱憤を吐き出す場所もない。俺の心には何処にも逃げ場がなかった。」
「それは見ていても分かりました。こう、いつも眉間に深い皺が……。」


アイオリア様の真似ではないけれど、眉間に指を当てて、眉と目をグッと寄せてみせる。
そんな私の中途半端な睨み顔が、余程、見慣れなかったのか。
プッと派手に息を漏らして、アイオリア様が豪快に笑った。


「ハハハッ。何だ、その顔は? それが俺か? サガの間違いじゃないのか?」
「確かに、サガ様も眉間の皺は凄いですけれど、あの方のは、こう、もっと悲愴感溢れると言うか、追い込まれている感が滲み出ています。」
「そうだな。俺もサガと同じ。心の膿を発散する場所、爆発させる時がなかった。それもこれも、認める事、向き合う事、話し合う事を拒絶していた俺自身の責任だ。少しでも分かり合う努力をしていれば、こんなにも拗らせる事もなかっただろうに。」


この時、十二宮の階段を上から下へと向かって穏やかに吹き抜けた風は、暖かな心地良さを伴っていた。
今のアイオリア様の心の中は、この風と同じく、優しい温もりを内包しているのだろう。
見上げた横顔に浮かぶ笑顔は、ナチュラルに柔らかで、今まで以上に魅力的な男らしさに満ちている。


「アンヌ。俺は歩美の事が好きだ。今は君よりも、彼女の方が大切なんだ。いつまで傍で寄り添っていられるかは分からない。だが、自分が生きている限りは、歩美の支えとなり、力になりたいと思っている。勿論、願うのは、その逆もなんだが。」
「その言葉、もう歩美さんには伝えたのですか?」
「いや……。近い言葉は少しだけ伝えたが、まだ恥ずかしくてな……。」
「伝え渋っていると、また素直に本心が言えなくなりますよ。」


今、その心がクリアな内に、何にも曇らぬ内に、彼等に待ち受ける困難が新たな溝を作ってしまわぬ内に、その言葉は歩美さんに伝えておくべきだ。
今直ぐにでも、走って教皇宮の彼女の部屋に押し掛けて。
どんなに歩美さんが迷惑な顔をしても、困惑して戸惑っても構わない。
今、アイオリア様の心にある想い全部を、残らず彼女に伝えなければ。
私は、暗闇の中でもそうと分かるくらいに頬を赤く染めているアイオリア様に向かって、その背を押す言葉を投げ掛けた。
少しだけ躊躇した彼に、私は首を大きく横に振って、選択肢は他にはない事を示す。


「分かった。直ぐに行こう、彼女のところへ。」
「それが一番です。」
「なぁ、アンヌ。君にもいるのだろう? 俺が歩美を想うのと同じように、君が心から想う相手が。」
「……はい。」


それが誰であるのか、今、答えるべきなのか。
悩んで口籠もっていると、それを察したアイオリア様が、私を手で制した。


「言わなくても良いさ。俺もそこまで鈍くはない。君が今、この宮に居る理由は、そうなのだろう?」
「……はい。」
「そうか。」


再び、その凛々しい顔にフッと零れる小さな笑み。
それから、右手を軽く上げて、アイオリア様は階段を駆け上がっていった。
その広い背中を見送りながら、私は呟いていた。
私が好きなのは、私が愛しているのは、この宮の主、山羊座のシュラ様です、と……。



→第8話に続く


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