「……おらよっ。」
「っ?!」


何も言葉を発しないアイオリア様に焦れたのか、手にしていた日記を、その胸に目掛けて投げ付けたデスマスク様。
椅子から立ち上がったアイオリア様は、慌てて手を伸ばし、それをキャッチする。


「オラ、コレもだ。」
「……これは?」


フンと鼻を鳴らし、今度は胸にドンと小さなサイズのノートを押し付けた。
予想外に力が入っていたのか、いや、多分、わざと強めに押したのだろう。
アイオリア様の大きな身体が、一瞬だけグラリと揺れた。


「そいつのギリシャ語訳だ。それ読んで、その女の気持ちと、ちゃんと向き合え。」
「……すまない、デスマスク。面倒を掛けた。」
「フン。そう思うなら、これ以上、周りに余計な心配掛けンじゃねぇよ。アンヌ、帰るぞ。」
「は、はいっ。」


クルリと背を向けたデスマスク様を追い、私もドアへと向かった。
終始、この二人の遣り取りに心が揺れていた歩美さんを残していくのは不安だったけれど、これ以上は私達が首を突っ込むところではない。
外野にいる人間が出来る事といったら、素直になれない二人が心を開くまでの手伝いをする事だけ。
振り返った私は、俯いてシーツを握り締める歩美さんの姿をチラとだけ見遣ったが、結局、言葉一つも掛けないままに、その部屋を後にした。


「デスマスク様っ!」
「あー?」


教皇宮を出るまでは無言だった。
ノラリクラリと歩く彼に声を掛けたのは、十二宮の階段を下り始めた頃。
ズボンのポケットに両手を突っ込んで、少し背を丸めて歩く仕草は、後ろから見れば、やる気ない様子にも見えるけれど、これがデスマスク様のいつものスタイル。
今、背後から背中を強く押されても、ビクともしないのだろう。
そもそも、押される前に、気配で気付いて避けるだろうけれど。


「あの、ありがとうございました。」
「なンでオマエが俺に礼を言ってンだよ。」
「それは、その……。」


言葉に詰まる。
確かに、私がお礼を言うべき場面ではない。
けれど、余り関わり合いたくないと言っていながら、こうして手を貸してくれた事には感謝している。
しかも、あの歩美さんの日記。
御丁寧にギリシャ語訳を文字に起こしてくれていた。
何だかんだと文句を吐きつつも、やはり面倒見が良いのが、この人の隠されている美点だ。


「ギリシャ語訳のノートまで作ってくださいました。そこまでしてくれるとは思っていなかったので、正直、驚きました。」
「アレがねぇと、なンにもなンねぇからなぁ。中身が読めねぇンじゃあ、心も動かねぇし、説得力ねぇし。」


それから、また沈黙。
ダラダラと歩いているように見えても、その足の長さ故か、意外と早い速度で進むデスマスク様に合わせて、私も足早に階段を下りていく。
途中、女官服の長いスカートが足に絡まり、縺れて躓きそうになった私に気付いて、少しだけ下るスピードを落としてくれた。
そんなさり気無い優しさも、また彼らしい。


「……あンまりアイオリアを責めンなよ。」
「え?」


突然の一言。
意味が分からず、思わず聞き返してしまう。
デスマスク様の言わんとしている事が何なのか。
私にはアイオリア様を責める気はないし、ただ早く歩美さんと素直に向き合って欲しい、その思いだけがあったに過ぎない。
小さく首を傾げていると、デスマスク様は、あからさまにハァと溜息を吐いてみせた。





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