「アイオリアは今日、機嫌が良い。アレコレと煩い私に対して愚痴一つ零さず、文句を吐き出す事もない。笑顔とはいかないまでも、穏やかな表情で私と接してくれる。足を怪我している私をリビングへと運んでくれた時も、慎重過ぎるくらい優しかった。いや、彼はいつだって優しいのだ。ただ、どうしても彼の言葉の節々に突っ掛ってしまい、ついつい棘のある言葉で応酬してしまう。本当はそんな言い争いなんてしたくはないのに、気持ちとは裏腹に、素直に言葉に出来ない自分が歯痒く、そして、そんな自分に嫌気さえ覚える……。」


デスマスク様の良く通る声で、淡々と読み上げられる文章。
それに対して、歩美さんは僅かに青褪めた顔で身を乗り出し、それまでキョトンとしていたアイオリア様は、頬を薄らと赤く染めて、だが、顔に感情を出さぬまいと、グッと唇を引き結んでいた。


「な、何で、それをっ?!」
「わ! 危ないです、歩美さん!」


身を乗り出していた歩美さんが、そのままの体勢でデスマスク様に向かって手を伸ばす。
当然、バランスを失った身体が、ベッドから転がり落ちそうになり、傍に駆け寄った私は、慌てて彼女の身体を引き戻した。
衰弱した身体と、怪我をしている足。
ベッドから落ちる程度でも、今は更なる大怪我になりかねない。


「よし、イイぜ、アンヌ。ソイツ、そのまま押さえとけ。」
「え、でも……。」
「や、止めてよ。それ以上は、止めて。ねぇ、お願い……。」


歩美さんは、抵抗自体は止めたものの、デスマスク様へと懇願の声を上げ続けた。
その目は逸らす事なく、真っ直ぐに彼の瞳を見据えている。
誰もが薄気味悪いからと目を合わせない血色の瞳に、鋭く睨み返されても尚、臆しもせずに。


そして、先に根負けしたのは、まさかのデスマスク様だった。
諦めにも似た溜息を吐きつつ、いつもの癖のままに銀の髪を掻き上げる。
それから、ボンッと強く音を響かせて、手にしていた日記を閉じた。


「アイオリア。オマエ、コレが何だか分かるな?」
「それは……。」
「分かってるクセに、知らぬ振りはナシだぜ。男が、黄金聖闘士が、自分をこンだけ好きだって言ってくれてる女を前に、ンな卑怯な態度を取るなんざ、許されねぇよ。」


それは明らかなる牽制の言葉。
アイオリア様は、これまでずっと、ハッキリとした態度を取ってこなかった。
あれだけ歩美さんと絶え間なく喧嘩しながらも、嫌だと言って突き放したりはしなかったのもそうだ。
寧ろ、その喧嘩自体も、素直になれない二人がじゃれ合っているようにしか見えないくらいだった。
優柔不断とまでは言わないけれど、その曖昧さが、当の彼女を不安にさせている原因なのは明白。


ハッキリと態度に示してくれたなら、気持ちの整理も出来るだろう。
でも、相手の気持ちがどちらか分からないから、どうして良いのか途方に暮れてしまう。
そんな思いを、女性の側にさせているなど、男として最低だと、デスマスク様はアイオリア様を、『卑怯』という言葉でキツく責めたのだ。


「テメェの考えてる事なんざお見通しだ。納得出来ねぇンだろ、自分自身の気持ちに。だがな、アイオリア。その迷いも悩みも、端から見てる俺等にしてみれば、アホ臭ぇとしか思えねぇンだわ。」
「…………。」
「もう一度、思い出してみろ。あの鬼神とやり合った時、オマエは何を考えていた? 何を思っていた? その答えが、今、オマエが出すべき答えと、イコールなンじゃねぇの?」


デスマスク様が鋭い視線を投げ掛ける。
だが、アイオリア様は少しだけ眉を下げはしたが、その瞳の力は失わないままに、黙ってデスマスク様の顔を見返していた。





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