「何と言うか……、シュラ様の行動は予想外過ぎて、たまに付いていけなくなります。」
「そうか?」
「そうですよ。デスマスク様とは正反対ですもの。」
「あぁ、あれは……。」


シュラ様は何かを言い掛けて言葉を止め、細めた目で私を見やる。
木漏れ日が彼の艶やかな黒髪に降り注ぎ、表情も浮かべた笑みも柔らかで。
ふとした折に垣間見せる色気を多分に含んだいつもの笑みとは、また別の魅力溢れる優しい微笑。
それを目の当たりにして、またもや言う事を聞かなくなった私の胸が、勝手にドキドキと高鳴った。


「アイツ、アンヌの行動をやたらと制限していただろ?」
「え……? えっと……、言われてみれば、そうですね。女官なのだから勝手に外へ出るなとか、一人でウロチョロするなとか、人目に付かないようにしろとか。兎に角、私の姿を外部の人に見せたくないようでしたけれど……。」


私を見せびらかしてご満悦な様子の今のシュラ様とは、まさに正反対だ。
宮付き女官は宮の中に閉じ籠もっているべきで、宮主以外の人には出来るだけ姿を見せてはいけない、接してはいけないと、それがデスマスク様の考えだったから。


「それは防衛策だ。アンヌに余計な虫が寄ってこないようにするためのな。」
「は? 防衛策……、ですか?」
「アイツは我が侭が過ぎる。だから、何が何でもアンヌを手離したくなかったようだぞ。」


それが、どうして私を人目に触れないようにする事と繋がるのだろう?
意味がまるで分からず首を傾げていると、シュラ様は浮かべていた微笑を、スッと苦笑いに変えた。


「自覚がないのか? それだけの容姿と、女官としての器量があれば、アチコチから男共が言い寄ってくるだろう。アイツのあの性格じゃ、アンヌ以外の女官では上手くやっていけないからな。アンヌに男が出来て、巨蟹宮から出て行くのを防ぎたかったんだろう。」
「私を引き止めておくため……、ですか?」
「あぁ、アイツの防御は兎に角、凄くてな。一筋縄では突破出来ないし、させては貰えんかった。」


確かに、あのデスマスク様が相手では、ほとんどの女官が上手くやっていけないだろう。
実際、何人もの女官達が泣きながら僅か数日で辞めていった、そんな伝説の残る巨蟹宮だ。
だからこそ、デスマスク様を相手に全てをそつなくこなせていた私の存在は、とても貴重だったに違いなく。
出て行かれないようにと、細心の注意を払って私を引き止めようとしていたのも頷ける。


でも、わざわざ厚い防御壁を張る必要なんて、あったのだろうか?
そんな事をしなくても、こんな仕事一筋の可愛げのない女官なんて、誰も相手にしないと思うけれど。


「やはり無自覚か。アンヌも女ならば、少しは自分の魅力について理解しておいた方が良いぞ。」
「シュラ様には言われたくないお言葉ですね。そっくりそのままお返ししたいです。」


そう言い返すと、彼はまた片眉を上げて肩を竦める。
どうやら、それはシュラ様の癖なのだと、この数日で何度も目にしているうちに気が付いた。
その仕草も合わせて、それだけ無意識にフェロモンを撒き散らしている彼の方こそ、もっと自覚を持つべきだと思うのは、私だけではない筈よね。
群がってくる女官達が面倒だと言うけれど、寧ろ、そもそもの原因はシュラ様の無自覚な色気であって、それに当てられて彼に心奪われてしまった彼女達に責任はない。


ジッと見つめる視界の中、シュラ様は大きな口を開けてベーグルサンドに噛り付いていた。
相変わらずの無表情でありながら、それでも、美味しそうにパクパクと食べ進めている。
何度も咀嚼を繰り返した後、無造作に親指で唇の端を拭った仕草に、危なく私も彼の無自覚な色気に当てられそうになって、慌てて目を逸らした。





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