修練場を囲う塀の脇にある小さな林の木陰は、まだ春先にも係わらず強めの日差しが降り注いでくる今日のような天気には、最適の避難場所だった。
まだ青くなり始めたばかりの木々の葉が幾重にも重なった隙間から、細く漏れる日光が心地良い程度に眩しい。
乾いた草の上に持ってきたレジャーシートを広げると、その上にバスケットを置いて、私は一人でフラッと歩いていったシュラ様の後を追った。


シュラ様が向かったのは修練場の横、地下水を汲み上げるポンプの設置されている場所。
聖域内では、人家の密集する居住区や、十二宮内には水道が通っているけれど、居住区から大きく外れた、このような場所にまでは整備されていない。
彼等のように修練中の聖闘士や候補生達が水を必要とする時のため、川や池などの水場が近くにない場所には、こうして地下水を汲み上げるポンプが設置されていた。


「アンヌ、手を出せ。」
「いえ、私よりもシュラ様が先に……。」


普段はボケッとしてるのに、こういう時には気を利かせると言うか、女性に優しいと言うか。
シュラ様はポンプの取っ手を上下させて水を汲み上げてくれるが、流石に宮主である彼より先に使うという訳にはいかない。
私はシュラ様の手からポンプの取っ手を奪うと、彼に小さな小瓶を差し出した。


「これは?」
「ハンドソープです。このように砂埃の酷いところでは、手も相当に汚れているかと思いまして。」


いつも食事前には念入りに手を洗っているシュラ様だもの、汚れた手を水で流すだけでは気になるだろうと、少しだけハンドソープを持ってきてみた。
でも、これって余計なお節介だったかしら?


「いや、助かる。やはりアンヌは気が利くな。」


フッと笑みを浮かべたシュラ様の端整な顔に、またも目を奪われそうになる。
いやいや、落ち着きなさい、アンヌ。
これはあのシュラ様よ、部屋が汚くて、がさつで、面倒臭がりの。
そう心の中で繰り返しながら、取っ手を上下させて水を汲み上げつつ、彼に気付かれぬよう深呼吸を繰り返した。


視界の中では、シュラ様が身を屈めて手をゴシゴシと洗っている。
その姿は、何処か小動物的な印象を与えるノロノロとした普段のシュラ様と同じだった。
また一瞬のうちにスイッチが切り替わったわ。
さっきまでの素敵なシュラ様は何処へ消えてしまったのやら。
そう思うと、浮んでくる笑みを堪え切れなかった。


「あ、あのぉ……。」
「ん?」
「あ……。」


気が付くと、手を洗う私達の周りを候補生の少年達数人が囲んでいた。
一定の距離を保ったまま、何処か恐る恐る話し掛けてくるその声に、何かあったのかと、二人して彼等の方を見やる。
だが、どうやら緊急事態とかそういう事ではなく、シュラ様に聞きたい事、もしくは話をしたい事があるだけのようで、何かを言いた気にモジモジしながら、それでいて瞳は好奇心に輝いている。


そして、その少年の口を開いて出てきた言葉は、予想外も予想外、思いも掛けない言葉だった。
驚きで開いた口が塞がらなくなり、大きく見開いた目から眼球が落ちてしまうかと思う程に。


「こちらの方は……、シュラ様の恋人さんですか?」
「は……? え、ええっ?!」


無邪気で純粋な瞳を向けて興味津々に尋ねてくる少年を、私は目を見開いて凝視した。
言葉が出ない。
私の耳が、今、有り得ない言葉を聞き取ったのだけれど、気のせい?
ねぇ、気のせいでしょ?


え、やだ、それって……。
ちょ、ちょっと待って!
今のシュラ様と私の姿、彼等の目にはそんな風に見えているの?


「おいっ、失礼だろ! そんな事、聞いたら!」
「だって、気になるじゃん。お前だって、そうだろ?」
「そりゃ、まぁ、そうだけど……。」


勇猛果敢に尋ねてきた少年の服の裾を引っ張った別の少年が、何とか窘(タシナ)めてはみるものの、結局は皆が皆、心に湧いた大きな興味には勝てないようで、その少年に丸め込まれてしまった様子。
気付けば八人にも増えていた少年達に取り囲まれ、抑え切れない好奇心に輝く澄んだ十六の瞳に注目されて。
シュラ様は片眉を上げて肩を竦め、私は手の付けようのない困惑に、ただオタオタとするばかりだった。





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