4.決戦の時



早朝の張り詰めた空気を斬り裂いて、駆け抜けていく光の矢。
アテナ様の禊ぎの泉は、昨夜の小滝よりも十二宮から遠い位置ある。
それにも係わらず、今は一瞬で目的地へと辿り着いたように感じた。
いや、感じたのではなく、実際に早かったのだ。
周囲の景色の色を感じ取る隙もなく、気付けば、その場に居たのだから。


「アンヌ、絶対にムウから離れるな。ムウ、彼女を頼んだ。」
「分かりました。彼女の事は任せてください。」
「あ、シュラさ、ま……。」


私を下ろしたシュラ様の姿を、この視界が捉えたのは、ホンの一瞬。
そこに見えていた後ろ姿は、残像ではなかったかと思える程。
私が現状を理解する前に、彼はその場から消えるように駆け下りて行ってしまった。


「気を付けて、絶対に油断だけはしないでくださいね、アンヌ。離れているとはいえ、何が起こるか分かりませんので。」
「は、はい。ムウ様……。」


そう言われて、彼の背後に移動しながら、キョロキョロと周囲を見回した。
私が今、立っている場所は、低い崖の上。
離れた向かい側にも同じような低い崖が見えている。
そして、右側にも同じく低い崖。
三方を崖に囲まれた場所を見下ろせば、そこにアテナ様の禊ぎの泉があった。
厳かな空気と清浄な気配に包まれた場所に、滾々と湧き出す泉の水は、この聖域を横切って流れる川の源泉にもなっている。


「……っ?! あ、あれは、蜘蛛?!」
「いえ、蜘蛛ではないと思いますよ。」


見下ろす神聖な泉は、まるで蜘蛛のような長い手足を持った巨大な生物に占拠され、浸食されていた。
上から多い被さった大きな身体と長い手足によって、禊ぎの泉は完全に塞がれてしまっているのだ。
そして、その気味悪い生物の身体の真ん中、腰から下の半身を縫い付けられたような形で、歩美さんが取り込まれていた。


「あれは……、歩美さん? では、あの蜘蛛のようなものが、あの鬼神の真の姿なのですか?」
「だと思います。ですが、まだ精神体のままのようですね。流石に、この聖域内部に実体を呼ぶのは難しいのでしょう。禊ぎの泉に残るアテナの小宇宙を吸い上げる前に、決着を着けるべきです。」


目を凝らせば、薄らと半透明な化物の身体。
その真ん中に囚われたままの歩美さんは、未だ意識を取り戻してはいないようだった。
ピクリとも動かない手足。
この距離では判別し辛いが、瞼は閉じられたままのように見える。


鬼神の周囲には、先行したアイオリア様、カミュ様、アルデバラン様の姿があった。
そこに、遅れて駆け付けたデスマスク様とシュラ様、そして、サガ様がも加わり、場の緊張感が更にピリピリと高まっていく。
一触即発、まさに、その言葉がピッタリと当てはまる状況。


「六本の足……、昆虫ですね。水辺にいる昆虫、蜘蛛に似た長い手足。アンヌ、貴女には心当たりはありますか?」
「水辺……。もしかして、子供の頃に水溜まりで良く見掛けた、あの昆虫?」
「えぇ、そうです。それです。」
「……アメンボ?」
「間違いないと思います。」


水を好む邪神、巨大な昆虫を模した姿。
禊ぎの泉に浮かび、その水面(ミナモ)を覆い尽くす巨大な身体で、その水に溶け込んでいるあらゆるパワーを吸い取ろうとしている。
ゾッとする程に気味悪く不気味な存在が、今、目の前にのさばっている事実。
見下ろす光景の奇怪さと恐ろしさに足が竦み、震え出しそうになる中、私はそこで起きようとしている全てを目に焼き付けようと、自分の意思を無視して、無理矢理に目を見開いた。





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