白いマグカップから上がるスープの湯気。
食事もせぬままという訳にもいかないので、給湯室の棚の中から発見した玉葱スープの缶詰を素に、野菜などを少しだけ足して、軽くお腹が満たされる程度のスープを用意してみた。
そして、同じく冷蔵庫の中に入っていたソーセージ、ミロ様が前の任務先のドイツで大量購入してきたものらしいが、それをボイルしたものを数本、朝食代わりに黄金聖闘士様達に配った。


会話はない。
静かな執務室の中は、スープを啜るズズッという音と、ソーセージを齧るパリンという音だけが不規則に響いてくる。
その重い空気と、息苦しい静けさに嫌気が差したのか、最初に口を開いたのはデスマスク様だった。


「……動かねぇなぁ。」
「あれから、まだ半日も経っていない。もしかしたら、今日は動きがないかもしれんぞ。」
「いや、それはないだろう。」


痺れを切らして苛立った声を上げるデスマスク様と、相変わらず感情の読みとれない淡々とした言葉を返すシュラ様。
鬼神は直接的な攻撃を受けていないとはいえ、カミュ様の冷気により、ある程度のダメージは負っている筈。
それ故、万全に回復するまで、暫くは姿を現さないかもしれないとも考えられる。
だが、それを即座に否定したのはアイオロス様だった。
横でサガ様も深く頷いている。


「まだ実体ではないにしても、あのように姿を現したからには、憑代となっている彼女に過度な負荷が掛かっているだろう。内部に潜んでいた時とは訳が違う。」
「あれだけの力を持つ神だ。彼女の身体は、持って一日だろう。それは憑いている鬼神自身も分かっている筈だ。だから、必ず今日中に動きをみせる。遅くとも昼までには、な。」


アイオロス様の言葉を継いで、その先を続けたサガ様の眉間には、深く濃い皺が刻まれていた。
カチャリ、誰かがデスクに置いたマグカップの音と、同時に聞こえた細く溜息の漏れる音。
そして、また沈黙。
その静けさに耐え切れず、またも静寂を破るのは、やはりデスマスク様。


「普通、化けモンっていやぁ、夜に活動するンじゃねぇの? もう夜が明けちまってるぞ。」
「この時期、夜明けは早いからな。しかし、これはただの予測でしかないが、ヤツは夜よりも朝の方を好むと思うが。」
「どういう意味だ?」


聞き返したデスマスク様もそうだが、私も意味が分からずに、サガ様を見遣った。
彼が寄り掛かっている窓の向こうでは、朝日に白んだ空が、少しずつ青の色を濃くし始めている。
そこには静かで厳かで、そして、凛と鋭い朝の空気が横たわっているのだ。


「ヤツが強い力を求めているのならば、より清廉さ、神聖さの増す早朝を狙うだろう。冷たく重い朝の空気に、沈殿した小宇宙が地表に溜まり、それが流れ込んでいく場所。それがアテナの禊ぎの泉だ。」
「なる程、確かに。禊ぎも早朝に行われる事が多い事を思えば、その時間の方が、より純度の高い力を、水の中から吸収出来る。」
「朝日、静寂、澄んだ空気、沈殿し集束した小宇宙、聖なる水辺。動くならば、人の気配が起き出す前。きっと、もう直ぐだ。」


サガ様が唇を閉じ、眉間の皺を更に深くして俯いた、まさにその瞬間の事だった。
グラリと一瞬、地面が揺れたような感覚がして、その場に居た全員が立ち上がっていた。





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