「方法はなくとも、それだけは駄目だ!」
「アイオリア! 俺が討つのは、姿を見せている鬼神の精神体の方だ! 彼女に当てるような事は絶対にない! お前は兄である俺を信用出来ないのかっ?!」


離れた場所にいる私の耳にも、二人の遣り取りは鮮明に聞こえてきていた。
敵に掠り傷程度でも負わせたいアイオロス様と、必死で歩美さんを守ろうとするアイオリア様の、決して交差する事のない遣り取り。
そして、譲れない想い、立場。


「信用する、しない、ではない! あれを射る事は、彼女を射るに等しいんだぞ!」
「分かっているさ、そのくらい!」
「いいや、分かっていない! 鬼神が彼女と身体を共有している限り、例え、精神体が受けた攻撃だろうと、そのまま彼女に降り懸かる! そんな事も分からないのか、兄さん?!」


兄弟二人の激しい言葉の応酬。
他の黄金聖闘士達は割り込む事も出来ず、固唾を飲んで見守っていた。
どちらの言い分も分かる。
教皇補佐という立場上、敵を易々と見逃す訳にはいかないアイオロス様の立場も、歩美さんの身体を最優先に考えるアイオリア様の気持ちも。


「ならば、お前は、このまま見逃しても良いというのかっ?!」
「彼女の身を守る事が最優先だと言っているんだっ!」


言い争っている間も、ビキビキと亀裂は深まり、もがく鬼神の左右から、その裂け目は大きくなっていく。
再び鬼神が奇妙な呻き声を上げ、その身体が仰け反ったと同時に、脆くも砕けた氷の巨大な塊がバラバラと落下した。
カミュ様による凍気の拘束は、もう限界が近かった。


「あっ!」
「アンヌ、私の後ろに! 何かあったら、私の腰に腕を回して、しっかりとしがみ付いていなさい!」
「わ、分かりました!」


ビキィッと一際大きく響いた音。
鬼神を中心に、放射線状に広がるヒビは、まるで巨大な蜘蛛の巣のようだ。
囚われているのは、一人の日本人女性。
彼女を救うためにアイオロス様は弓矢を構え、彼女を守るためにアイオリア様はそれを阻もうとしている。


激しい地響きと共に、ドンッという大きな音が聞こえた。
鬼神を滝に縛り付けていた氷の拘束が崩壊し、氷塊が落下して凍った川に激突したのだ。
それが立て続けに二回、三回と続き、遂に、鬼神を束縛する氷の壁は何一つなくなってしまった。


「わっ?! な、何っ?!」
「耳を塞いでなさい、アンヌ!」
「は、はいっ!」


ビリビリと身体に感じたのは、先程までの振動とは別の地響き。
いや、それが鬼神の上げた咆哮だと知ったのは、ムウ様に耳を塞げと言われたからだった。
自由になった全身をブルリと震わせ、天を仰いだ鬼神が、黒い空を見上げたままで咆えたのだ。
それは、この聖域の敷地内の全てに響き渡る程、巨大で禍々しい唸り声だった。


「っ?! 鬼神が逃げるぞっ!」
「追えっ! 逃がすなっ!」
「しかし、あれではっ!」


拘束を解いた鬼神を追い駆けようとする黄金聖闘士達。
だが、彼等の追跡も空しく、浮かび上がった空中で、夜の闇に溶け込むように鬼神の姿は跡形もなく消えてしまった。
周囲を探しても、気配の痕跡すら残されてはいない状況。
こうなると、もう八方塞がりである。


「……リア。これで良かったと思っているのか?」
「兄さんこそ、本気で射るつもりだったとでも?」


ムウ様に連れられて、皆が集まる現場へと下りていく。
そこは睨み合う兄弟の険悪な雰囲気により、ビリビリと緊張の糸が張っており、シュラ様ですら、彼等二人を直視出来ずにいるようだった。



→第3話に続く


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