空気がヒヤリと冷たい。
離れた場所にいても、肌にピリピリと冷気が触れる。
だけど、小滝の真ん中で奇妙な呻き声を上げる鬼神と、真正面から対峙しているアイオリア様達は、高まる緊張感に、額や首筋からポタリポタリと汗が伝い落ちていた。


鬼神の精神体に絡め取られた歩美さんは、意識を失っているのだろう。
その固く閉じた瞼が開く気配はない。
意識がない事は、彼女にとって幸運だったのかもしれない。
歩美さんがいる事で、有効な攻撃を放てないでいるアイオリア様の戸惑いや焦りを、目の当たりにせずに済んでいるのだ。


「このまま、あの化物を拘束出来たとして、そこからどう彼女を助け出すのか。対処が難しいケースです。」
「歩美さん……。」
「全く、こういう時に限って、あの憎らしいニヤリ顔の男がいないとは……。相変わらずの役立たず加減ですね。」


ニヤリ顔?
という事は、ムウ様が仰っているのは、デスマスク様の事だろうか。
ムウ様も焦っているのか、表情は変わらず落ち着いてはいるが、吐き出される言葉が、先程から酷く辛辣だ。


もう一度、小滝の方を見遣る。
未だ膠着状態が続いてはいるが、シュラ様もアルデバラン様も、そして勿論、アイオリア様も、瞬時に攻撃が繰り出せるように構えの姿勢を解いていない。
ただアイオロス様だけが戦闘態勢を取らずに、ジリジリと足下の砂利を踏み締めている。


「……っ!? 動くぞっ!」
「くっ! あの状態で、まだ動けるのか?!」


凍り付いた滝の真ん中で、大きく仰け反った鬼神が、苦悶の表情を浮かべて喉を膨らませた。
そして、直ぐに吐き出された奇妙な呻き声が、夜の闇をビリビリと引き裂いてこだまする。
離れた場所にいた私にも、音による振動が伝わってくる程だ。
辺りの木々も振動波に曝されて揺れ、ザワザワと身を竦めて鳴いている。


まだ実体を取り戻してはいない神、本来の力を失っている神。
なのに、呻き声を上げるだけで、これだけの衝撃を与える力を持っているなんて。
これが神レベルの敵であり、シュラ様や黄金聖闘士達が戦っている相手。
目の当たりにして初めて理解する、彼等がどれだけ巨大な敵と対峙し、どれだけ大きな危険と隣り合わせて生きているのかを。
人の想像の範疇を越えた戦闘をしているのだと分かっているつもりでいたのに、私は少しも分かってはいなかったのだ。


「氷の拘束が……、割れる。あれが脱出するのも時間の問題でしょう。」
「ですが、ムウ様……。」
「悔しいですが、今は有益な対処方法がないのが現実です。」


鬼神が呻き声を上げてもがくと同時に、それまで完全に凍り付いていた滝が、バリバリと巨大な音を立ててヒビ割れていく。
バキィッ、ビキィッと空気を斬り裂いて響く音は、氷の拘束の限界が近い事を如実に示していた。
カミュ様の表情が険しく歪む。
だが、今以上に技を強める事は出来ない。
そこに歩美さんが囚われている限りは。


「……っ?! 駄目だ! 止めろ、兄さんっ?!」
「だが、これしか方法はないっ!」


凍り付いた滝が割れ砕ける音よりも、もっと鮮明に、ずっと切羽詰まった声が、周囲に響いた。
見れば、鬼神と対峙する皆の後方で、黄金の弓矢を構えたアイオロス様の姿があった。
その前に、両手を大きく広げて立ち塞がっている人影。
それまで、何のモーションも見せなかったアイオロス様が、誰もが歯噛みするしかない場面で、唯一、攻撃の姿勢を見せたのである。
だが、その射手座の矢の標準を遮っているのが、彼の弟であるアイオリア様だった。





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