聖域の結界の内部への入場許可を出せる者は、極一部の人間に限られている。
アテナ様と教皇様、そして、十二人の黄金聖闘士様達だけ。
歩美さんは、アイオリア様によって入場を許可された者。
私のような聖域生まれの人間は、生まれて直ぐに受ける教皇様からの祝福と共に、その許可を与えられる。
だからこそ、聖域と外部を行き来可能な人物が、簡単に増えては問題なのである。
脱走は死罪に当たる。
聖域内に敷かれた厳しいルールは、この特殊な場所を維持し、保守していく上でも、絶対的に必要不可欠なのだ。


「発掘調査。予期せぬ封印の存在。激化する一方の内紛。もし、封印されていた従属神の内の一体が、そのような状況の中で、知らぬ間に解放されてしまっていたとしたら、どうだろう? 予期せぬ解放に、その鬼神自身も焦ったのかもしれない。長期に渡る封印のせいで、実体化出来ぬ程に弱体化していたとなれば、何とか元の状態にまで戻すため、力を貯める方法を、頭をフル回転させて考えただろう。そして、思い付いたのが、そこに居た人間の内部に潜み、力の回復を待つ事だった。」


カミュ様の導き出した結論に、誰も異議を唱えなかった。
アイオリア様は今や眉間を固く寄せ、ギュッと目を瞑ってしまっている。
シュラ様は無言を貫いていたが、殊更に難しい顔をしていた。


どうして、その鬼神が歩美さんを憑代に選んだのかは分からない。
相性だったのかもしれないし、年齢だったのかもしれない。
彼女は発掘隊の中では、一番の若手だった。
年を取った者よりも、若い者の方が、より高いエネルギーを持っていると思えば、最若年の歩美さんを選んだのは不思議ではない。


だが、実際のところは、神であるが故の『本能』ではなかったのか。
これまでの話を聞いていて推測出来るのは、封印が解けたのは、水を操る鬼神の方だという事。
復活のために多くの水を欲する鬼神は、歩美さんが日本人であるという『知識』からではなく、彼女の中に入れば、より強く力の漲る場所へ向かう事が出来るだろうという『本能』で動いた。
発掘地域である中東の国よりも、ずっと降雨量の多い場所へと、何れ彼女が向かうだろうという、未来を見通す本能的な力によって。
結果として、歩美さんは日本へ戻る事が出来なくなってしまったが、鬼神には悪くない方向へと進んだのだ。


「今季のギリシャの、この異常気象。作物の生育にも不安を覚える程の雨続きだ。水を操る従属神にしてみれば、まさに恵みの雨といったところか。万々歳だっただろう。」
「なる程……。ならば、彼女が聖域に来てからの日数を考えると、そろそろ、ある程度の力を蓄えた頃とみて間違いないでしょうね。」
「つまり、この失踪は、内に潜んだ鬼神による操作という事になるのか?」


だったら、歩美さんが、いや、その鬼神が向かった先は、何処だというのか。
もしや、聖域を既に抜け出して、本来、仕えるべき邪神が眠る場所へと戻ったのだろうか。
あの封印の施された発掘現場へと。


「いや、それはない。ある程度は回復したといっても、彼女に憑りついたままでいるのならば、その鬼神は、まだ実体を取り戻せてはいないのだろう。もっと大きな力を必要としているなら、外の世界よりも聖域内部の方が、効率良く吸収出来る場所は多いからな。」
「アテナの小宇宙が満ちた神聖な場所が、そこかしこにありますからね。アテナ神殿は勿論、この十二宮もそうです。」


その中で、水を操る鬼神が真っ先に狙いそうな場所があるとしたら……。
聖域の森の奥深くにあるという、一般人の私には近付く事すら許されない、絶対不可侵の泉。
遙か太古の昔より、アテナ様が、その泉で禊ぎを行っていたという神聖な場所。
そうだ、きっとそこに違いない。


そう思った瞬間だった。
部屋の扉が、壊れんばかりの勢いで、バンッと強く開かれた。





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