ムウ様がゆっくりとソファーから立ち上がり、窓辺へと近寄った。
大きな窓から見える景色は、既に濃い闇に包まれ始めていた。
先程までは、まだ薄闇だったのに、夜の浸食は一気に進む。
雨降りの今日は、それが顕著であった。


「……水、ですか。」
「そうだな、水だ。」
「厄介ですね。」
「あぁ、確かに。」


窓の外を遠く眺めるムウ様と、背を向けて振り返りもしないカミュ様の、至極、短い遣り取り。
だが、言葉の短さに係わらず、その場の誰もがグッと声を詰まらせる。
ただ私だけが、彼等の会話の意味を理解出来ずに、ムウ様とカミュ様を交互に見遣った。


「ここからはアイオロスの推測になるが……。多分、封印の緩んだ二体の鬼神の内の一体が、既に、この聖域内部に入り込んでいる。」
「えっ?! ですが、それはっ……。」


驚きから零れ出た言葉に、ハッとして口を噤んだ。
私以外は皆、軽く俯いたまま、視線を誰とも合わせないようにしている。
つまりは、これまでの話の流れから推測して、ココに居る黄金聖闘士全員が、アイオロス様と同じ結論に達したという事。
この聖域の内部に、邪悪で禍々しい化物が入り込んでいるなんて……。


「本来、この聖域は女神の結界に守られ、許可なくしては、何者も侵入する事は果たせない。だからと言って、その防衛方法が完璧だとは言い切れない。」
「そうですね。今、思い付くだけでも、可能性としては三つ程あります。一つは、元より内部に潜んでいた場合……。」


冥界との戦いの折、死の国から甦ったシュラ様達が敵勢となって攻めてきた時が、このケースに当たる。
聖闘士の慰霊地は結界の内側にある。
つまり、そこに眠る遺体も、最初から結界の内部にあった。
それ故に、十二宮への侵攻を防ぎようがなかった。


「二つ目は、結界を破ろうとする者の力が、アテナの力を上回っていた場合。」
「その様な事、滅多にありはしないだろうが、稀にアテナが病気や怪我などのために、その御力が落ちてしまい、それに比例して結界の維持力も弱まる事もあるだろう。」


それこそ、サガ様の乱の後から、本物のアテナ様が聖域入りするまでの十三年の間は、サガ様と神官、巫女達の力を集結させて、アテナ様の結ぶ結界に限りなく近い防御壁を敷いていたという。
だが、神の作り出すものには遠く及ばないのが現実だ。
結果、過去にティターン神族が攻め行って来た時、いとも簡単に結界を破られてしまった。


「そして、三つ目。聖域の結界内に入る事を許可された人物の『内側』に潜んで、気付かれぬ間に入り込んでいた場合です。」
「このケースだと、その人物に寄生するなり、憑依するなり、色々パターンは考えられるが、何れにしろ実体は持たない。身体があれば、当然、結界に弾かれるからな。だが、それが普通の霊魂の類であれば、デスマスクかシャカに勘付かれて、強制的に排除、または浄化されるのがオチだ。」


例え、お二人でなくとも、高位の神官やアテナ神殿の巫女であれば、即座に気付けるだろう。
それが、巨蟹宮と処女宮の二つに挟まれたこの獅子宮で、デスマスク様のみならず、あのシャカ様にすら気付かれずに潜んでいたとなれば、ただの霊魂の類とは到底、考えられない。
この数日、誰にも感知されぬまま潜み続けていたとなれば、それなりに上級レベルの化物の精神体であろう事は、容易に想像出来た。





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