私以外、誰もいない静かなプライベートルームに、ただ雨の音だけが響く。
踏み入れた歩美さんの部屋には、当然、人の気配はない。
まだ彼女の匂いの染み着いていない部屋は、その真っ白な壁の色もあってか、何処か物悲しく、無機質な印象を与えた。


「お邪魔します。」と、「勝手に失礼します。」の言葉で、誰もいない部屋に断りの挨拶をしてから、部屋の内部を探る。
だが、クローゼットの中にも、備え付けの戸棚の中にも、これといったものは見当たらなかった。
まだ自由に出歩けない身ゆえ、歩美さんの個性を示すようなものすら、そこには皆無だ。
お洋服にしたって、私や他の女官達が買い揃えたものばかりで、彼女の好みも趣味も、そこには全く反映されてはいない。
正直、この部屋の中をアレコレと物色したところで、彼女の行き先のヒントになりそうなものは何も出てはこないだろうと思えた。


ただ……、一つだけ気になるものが。
デスクの引き出しの中に入っていたノート。
これは多分、歩美さんの日記だろう。
各ページの冒頭に書かれている数字、それが今の日付と合致している。
それでも日記であると断言出来ないのは、そこに書かれている文字が、私には全く読めなかったからだ。
日本語、だと思う。
先日、シュラ様が繁々と眺めていた温泉の素のパッケージに書いてあった文字と、その形状がソックリ同じように、私には見えたから。


「シュラ様なら読めるかしら?」


途切れ途切れになるかもしれないが、多分、彼なら読めるだろう。
それでも躊躇いを覚えたのは、それが日記であれば確実に、その内容にアイオリア様の事が含まれているだろうからだった。
彼に対する想いも、そこには切々と綴られているに違いない。
とすれば、シュラ様に解読してもらうのは避けたいところだ。


出来るならば、デスマスク様が良い。
歩美さんの気持ちを、しかと理解しているデスマスク様ならば、内容を読み解いた時に、余計な事を口走ってしまう心配もない。
それを思えば、デスマスク様が最適なのだ。
だけど、あの人は今、遠い異国の地にいる。
となれば、やはりシュラ様に翻訳をしてもらうしかない。
でも、人の心の機微に疎いというか、繊細に気を回すという事が皆無なシュラ様に、果たして、この内容を見せてしまって良いものか、否か……。
迷う、大いに迷うわ。


私は、その日記を手に、ベッドに腰を掛けた。
ベッドは乱れたままで、姿を消す直前まで、そこで歩美さんが眠っていた事を如実に示していた。
この部屋の状態だけ見れば、突然、思い立って窓から身を……、という考えに至るのも頷ける。


あぁ、完全に職業病だわ。
私は無意識の内に、皺の寄ったシーツを引き伸ばしていたのだが、その際、足下の辺りで、指先に何かが触れる感触があった。
ハッとして、上掛けを捲り上げる。
そこにあったのは、以前、見た記憶があるもの。


「銀の、羽根?」


歩美さんが包帯を巻いた足首に着けていたものだ。
確か、発掘作業をしていた頃に、アイオリア様が物売りの子供から買って、プレゼントしてくれたのだと言っていた、羽根の形をした小さな飾り。
歩美さんが、とても大切にしていた飾りが、ココにこうして残されているとなると……。
やはり、この失踪は彼女自身の意思ではなく、何かの事件に巻き込まれた線が濃厚になったのだと思えた。





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