何度、体験しても慣れる事なんてない。
シュラ様の腕に抱かれて体験する、この圧倒的なスピード。
激しいGと風圧、耳の奥にキリキリと響くキーンと高い音。
流れる景色は、連なる色の帯に。
ジェットコースターなんて生易しいものではない。


「……着いたぞ、アンヌ。」


それまで身体中のありとあらゆるところに掛かっていた力が、フッと抜けた。
シュラ様に抱かれたまま身を竦め、歯を食い縛っていた私は、恐る恐る目を開けた。
固定された景色は、視界の中で止まっている。
それを見て、頭で理解して、漸く、ホッと息を吐く事が出来た。
ゆっくりと全身の力を抜き、彼の腕から下ろされるままに足を進める。


「濡れるぞ。ほら、入れ。」


バサリと固い音が聞こえ、視界の端に青い色が走る。
釣られて見上げた空は、真っ青な布に覆われていた。
そういえば、雨が降っていたのだったわ。
あまりのスピードに、雨に濡れる事も、肌に当たる雨を感じる事すらなかった。


「ほら。ちゃんと握れ。落とすなよ。」
「す、すみません。ありがとうございます。」
「行くぞ。」


差し出された青い傘を受け取り、シュラ様の後に続いて、大きな通りへと出た。
先程、私が下ろされた場所は、人気の全くない路地裏。
そこから人で賑わう中心街までは、少し距離がある。
特に会話も交わさないまま、街の中心部へと向かって歩く私達。
例え無言でも気まずくはない。
シュラ様と並んで歩く、ゆったりとした時間は、とても心地良いから。
歩くテンポも、私に合わせてくれているのだろうか。
足の長いシュラ様と一緒に歩いていても、決して辛くはない。


「何処から行く?」
「そうですね……。何処にしましょうか?」
「彼女に何を頼まれたんだ?」


それによっては、向かう場所も変わるだろう。
言われてバッグの中を漁った私は、歩美さんから渡されたメモを取り出し、その内容を繁々と眺めた。


「ええと、これは……。」


ローマ字で書かれてはいるのだが、聞いた事もない言葉だ。
シ、シヨ……。
何ですか、これ?


「ショウユ、か。ソイソースの事だな。」
「あぁ、ソイソース。日本の調味料ですね。」
「良く知っているな。もしや、料理に使った事があるのか?」
「驚くべきこだわりを持った料理好きな方に、六年も雇われていましたから。」
「アイツ……、日本食にまで手を出していたのか。」


呆れの溜息を吐くシュラ様。
彼の頭の中には、キッチンに立つデスマスク様の姿でも浮かんでいるのだろう。
それを振り払うように、頭をブンブンと軽く振ると、私の手からメモを受け取り、片眉を上げながら続きを読み上げる。


「ショウユにカツオブシ。これは……、ダシコンブ? 日本食を作りたいという事か?」
「歩美さん、獅子宮のキッチンで、見慣れない調味料や食材が多くて、戸惑ったのでは? お世話になっているお礼にお料理でもと思っても、いつも通りの料理が出来なくて困ったのかもしれないです。」
「なる程。では、この後のは何だ?」


シュラ様が指で摘んだままのメモを、横から覗き込む。
日本の調味料の後に続いて書かれていたものは、オイスターソースにテンメンジャン、そして、トウバンジャン。


「日本食じゃなく、中華料理を作る気なんじゃないのか?」
「日本食だけでは飽きるので、中華も作るつもりなのでしょう。同じアジア圏の料理ですから、作り易いのかも……。」


そういうものかと呟き、また片眉を上げたシュラ様。
料理の食材は重い荷物になる。
取り敢えず、それ等は後回し。
買物の最後にしようと言って、彼は先に立って歩き出した。





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