「……それは、つまり嫉妬?」


歩美さんの手が、サラダのレタスをフォークで突き刺した状態で、ピタリと止まった。
それから、一緒の丸テーブルを囲むアイオリア様と私の顔を順に見て、フウッと大きく息を吐く。


「そうですね。それもあると思います。」
「……嫉妬だと?」
「アイオリア様は気付いてないのでしょう? 大勢の女官達から、どれだけ熱い視線を注がれているか。」
「そ、そうなのかっ?」


本当に素直というか、純粋というか。
アイオリア様はパッと顔を赤らめて、その直後、照れを誤魔化すようにガツガツと、パエリアを口の中へ掻き込んだ。


「この聖域において、私のような力ない一般人にとっては、黄金聖闘士様は雲の上の存在。女官として近くに接する機会があるとしても、彼等と私達は、決して対等には成り得ないのです。」
「俺は、そのようなものを気にした事はないんだがな……。」
「例えアイオリア様が、どう思っていようと、ココでの身分は絶対。でも、歩美さんにとっては、そうではないでしょう。いつだって、アイオリア様と対等に接し、話をしている。」
「恨みを買うのは当然って事ね。至高の存在である獅子座の黄金聖闘士様に向かって、文句ばかり吐いちゃってるんだから。」


アイオリア様に憧れ、好意を持つ女官の子からは妬まれて。
一方、上下関係の身分差に煩い人達、階級意識を強く抱く文官や神官からは疎まれている。
アイオリア様への不満を声に出して憚らない歩美さんの存在は、彼等にしてみれば厄介そのもの。


それだけではない。
気さくで頼れる存在のアイオリア様だから、後輩の聖闘士や聖闘士候補生、雑兵達からは慕われている。
アイオリア様自身も先日、言っていたではないか。
彼を慕う人達から見ると、歩美さんはアイオリア様の足枷となっている上に、彼を困らせてばかりいる問題児に見えているのだ、と。
そんな彼等が、歩美さんに危害を加える可能性は無きにしも有らず。
一人でウロウロされては、何かと心配で放ってはおけない。


「貴女は色々な意味で、危険と隣り合わせなのです。ただでさえ、足の怪我で自由に動けない身。どれだけ警戒しても、し過ぎる事はないかと。」
「……大変なところに来てしまったのね、私。」
「すまん。」
「すまんじゃ済まないでしょう。ちゃんと責任取ってよね、アイオリア。」
「……本当にすまん。」


心優しいアイオリア様だからこそ、彼に憧れる女性は多く、我こそはと思っている女官達は、歩美さんの存在を快く思っていない。
彼女達からすれば、突然、獅子宮に転がり込んできて、アイオリア様を独り占めしている邪魔な女としか映っていないだろう。
歩美さんに手を出すところまではいかなくとも、陰湿な嫌がらせ程度ならば、仕掛けてくる可能性は高い。
それに……。


「この聖域は、外から完全に閉ざされた世界。未だ古い考えに固執する人も大勢います。人種差別が見受けられるとの報告も、頻繁に聞こえてくるくらいですから……。」
「魔鈴や星矢も苦労したと言っていた。アイツ等は聖闘士としての実力があるからこそ、大きな被害を受ける事はなかったが、一般人となると話は違ってくるだろう。」


そう、アイオリア様の心配するとおり、ココの人達は東洋人には優しくはない。
日本人である歩美さんが、あの長い長い十二宮の階段の傍に一人で佇んでいるとなれば、それは絶好の機会。
突き落とそうと考える人がいないとも限らない訳で……。


決して一人では出歩かない事。
特に下、巨蟹宮へ向かう階段には近付かない事。
リハビリをする時も、出来るだけアイオリア様に付き添いを頼むように。
私は帰り際まで、しつこい程に念を押し、磨羯宮へと戻っていった。





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