6.リラックスバスタイム



きっと三時までには戻ってくるだろう。
そんな私の予想は、見事に外れてしまった。
シュラ様の帰りを気にしながらでは、あまり仕事も手に付かず、ただ時間ばかりが過ぎていく。
そうこうしている内に夕方になってしまい、夕食の準備を始めて少し経った頃、彼はフラリと戻ってきた。


「おかえりなさいませ、シュラ様。」
「あぁ……。少し出てくる。」
「え……?」


随分と遅かったですね。
駆け寄りながら、何があったのかを尋ねようとした私の言葉が紡がれるよりも早く、先手を打ったシュラ様が、クルリと背を向ける。
チラと一瞬、コチラに視線を向けただけで、未だ私に触れようとはしない。
胸の中を、一抹の寂しさが吹き抜けていく。


「獅子宮に行ってくる。」
「アイオリア様に、お話でも?」
「あぁ、アイツにも幾つか報告せねばならん事がある。」
「そうですか……。」
「一時間も掛からんだろう。夕食はいつもと同じ時間で構わん。」
「分かりました。」


時計を見上げる。
時刻は五時の十五分前。
一時間も掛からないという事は、五時半頃には戻ってくるだろうか。
いつもと同じ時間、六時には夕食を摂れるよう、急いで準備しなければ。


「シュラ様、今夜は何か食べたいものはありますか?」
「そうだな……。何でも良い、と言ったら困るか? だが、アンヌの作るものは何でも美味い。何を食っても、俺は大満足だ。」
「困るなんて事はありません。とても嬉しいです。では、温かい夕食を用意して、お待ちしています。」
「楽しみだ。」


聖衣を脱ぎ、私服に着替えたシュラ様は、直ぐに部屋を出て、十二宮の階段を下りていく。
その姿を見送りながら、心は嫌な予感でいっぱいだった。
報告に随分と時間が掛かった事、休む間もなく急いで獅子宮に向かった事。
何よりも、シュラ様の表情が終始、険しかった。
他の人が見れば、いつもと変わらぬ無表情と思うかもしれないけれど、そんな変化のない彼の表情でも、僅かな動きはあるもの。
疲れと共に吐き出すホッとした息とか、私の顔を見て零す小さな笑みとか。
それが全くなかった。


でも、今は疲れて戻る彼のために、満足のいく食事を用意する事が先だ。
たった二日とはいえ、任務先では、ちゃんとした食事が出来なかったかもしれない。
摂れたとしても、マトモなものではなかったかもしれない。
兎に角、シュラ様が「美味しい。」と満足してもらえるものを作らなくちゃ。


キッチンに戻った私は、作り掛けのサラダを仕上げてしまうと、冷蔵庫の中を覗き込み、メイン用の食材を物色した。
午前中の買物で、良いお肉が買えたから、メインはこれにするとして。
確か、アフロディーテ様が日本のお土産だといって持ってきてくださった蟹の缶詰が戸棚の中に入っていたような……。
あ、やっぱり、残っていたわ。
うん、今夜はこの蟹缶を使って、蟹クリームソースのパスタにしよう。
どうしてもお昼の遣り取りから、ずっと蟹クリームが頭から離れなかったのよね。
よし、決めてしまえば、あとは時間との勝負。


時計を見上げる。
パスタはシュラ様が戻ってきてから茹でるとして、お肉とパスタソースを用意するには、十分な時間があった。
ダイニングテーブルに食器やフォークを並べ、ワイングラスを置く。
先程、薄らと感じた不安は、杞憂であって欲しい。
そう願いながら、少しだけ高級なワインを用意した私だった。





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