この夏は天候が余り良くない。
例年ならカラリと晴れて暑い日の続くギリシャだが、今年は雨や曇りの日が多い。
先日のように、突然のにわか雨に見舞われたり、大きな落雷が起きたりと、微妙な天候不良が続いている。
こんな気候では作物も不作になるかもしれないわ。
そんな風に今年の秋の実りに不安を覚えつつも、私にとっては過ごし易い夏となっている事は少しだけ嬉しかった。
いつもであれば、陽が翳るまでは外出も出来ない私が、雨や曇りの日ならば楽に外を歩く事が出来る。


今日も、また朝から曇り空が広がっていた。
シュラ様が何時頃に戻ってくるのか分からない事を思えば、市場への買物は早めに済ませておきたい。
午前中のうちに買物は終わらせて、疲れて戻ってきたシュラ様のために、少しばかり豪勢な夕食を、手間暇を掛けて用意しよう。
そう思って、私は足早に西の市場へと向かった。


買物を終えて磨羯宮へと戻ってきたのは、午前十一時頃。
プライベートルームへと続く入口のドアに手を掛けた瞬間、室内に人の気配を感じて、ハッとした。
アフロディーテ様だろうか、アイオリア様だろうか。
どなたかが訪ねてきて、私が帰宅を待っているのかもしれない。
そう思って、慌ててリビングへと向かった。


「っ?! シュラ様?!」
「……あぁ、アンヌ。戻ったぞ。」
「あ、えっと、お、おかえりなさいませ。」
「……どうした?」


まさか、こんなに早い時間に戻ってくるとは思っていなかったので、予想外の事に驚いて、呆然と彼の姿を眺めてしまう。
そんな私の反応が不思議だったのか、シュラ様は小さく小首を傾げた。


「あの……、随分お早いお帰りでしたので、驚いてしまいました。」
「予定が一日延びたからな。急いで帰ってきた。それにしても……。」


部屋を軽く見回しながら、クンクンと鼻を鳴らすシュラ様。
何だろう、お掃除は怠っていないのに、何か臭うのかしら?
今度は私が小首を傾げて、彼を見返した。
その顔は何処となく不機嫌そうだ。


「……蟹臭い。」
「え、蟹ですか?」


言われて思い返してみても、ここ暫くは蟹を使った料理などしていない。
そもそも、今は夏。
蟹料理は時季外れだ。
なのに、どうして蟹の匂いなどしたのだろう。
あ、もしかして……。


「シュラ様、もしかして蟹のお料理が食べたいのですか? なら、お昼は予定を変えて蟹クリームのパスタにしましょうか?」


今日のお昼は私一人だからと、適当に余り物で何とかしようと思っていた。
だけど、シュラ様が蟹料理を御所望なら、作って作れない事もない。
確か、貯蔵棚の一番下に、以前、カミュ様から頂いた日本土産の蟹缶が一つ残っていた筈……。


「そうではない。食べ物の蟹ではなく、デスマスクの匂いがすると言っている。」
「あ、デスマスク様ですか……。」


蟹臭いだなんて仰るから、てっきり食べ物の蟹だと思ってしまった。
でも、どうして彼が不機嫌な顔をしているのか、それで納得した。
シュラ様は彼自身が居ない時に、私が他の人と二人きりになる事を極度に嫌う。
それは例え親友のデスマスク様であろうと、アフロディーテ様であろうと変わらない。
本当に独占欲の強い人なのだ。


「今朝、執務の前に寄っていかれました。」
「俺の居ない時に、何の用だ?」
「それはデスマスク様のプライベートに関わる事なので、シュラ様であっても、お話しする訳にはいきません。」


躊躇いをみせた瞬間に、グッと上から鋭い視線が降ってくる。
そ、そんなに睨まないでください。
ただでさえ怖いお顔なのですから、そんなに気合い入れて睨まれては足が竦んでしまいます。


「俺にも言えないような話を、こっそりアンヌとするとは……。デスマスクめ、早死にしたいのか?」
「わわわっ?! や、止めてください、シュラ様!」


ビシッと右手を聖剣の形に構えたシュラ様は、鋭い視線のまま巨蟹宮の方角をギロリと睨み付けた。
私は慌てて、それを止めると同時、心の中で大きな溜息を吐いていた。





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