「やぁ。調子はどうだい、アンヌ?」


ランチの準備を粗方終えて、ダイニングのテーブルを整えていたところに、フラッと現れたのはアフロディーテ様だった。
その手には、見事に咲き誇った大輪の白薔薇。
たった三本だけで作られた花束だというのに、数十本の花束よりもゴージャスに見えるのは、それを手にしているのが、見目麗しいアフロディーテ様だからか、それとも、その白薔薇が特別だからなのか。


「アフロディーテ様、どうされたのですか?」
「キミがどうしているか、ちょっとだけ心配でね。様子を見に来たんだ。」


そう言って、アフロディーテ様は手にしていた美しい白薔薇を私に差し出した。
彼がわざわざ私の様子を見るためだけに磨羯宮まで降りて来るというのもおかしな話だもの、きっと何かの用事のついでに寄っただけだろう。
それでも、こうして私のような女官如きを気に掛けてくださったのは嬉しかったし、何よりこんなにも素敵な薔薇をプレゼントされては、当たり前に心は喜びに舞い上がるもので。
何せ聖域に住まう女性達の間で一番憧れるプレゼント、それがアフロディーテ様の栽培した『薔薇の花束』なのだ。


「まだ一日しか経っていないですけど、何とかやっていけそうです。シュラ様は、デスマスク様のようにアレコレと注文つけたりはしませんから、色々と自由にやらせて貰えますし。」
「そうだね。シュラならば、デスマスク相手よりはマシだろう。まぁ、彼もちょっとクセの強い性格だけどね。」


そう言って極上の微笑を浮かべたアフロディーテ様を見上げ、クセが強いのは御三方ともどっこいどっこいだと思う私。
でも、それは口には出さずに、私も彼に微笑み返してみせた。


「それにしても驚いた。ココは本当に、あのゴミ溜めだった山羊小屋かい?」
「アフロディーテ様、何気にお言葉が酷いです。」
「良いんだよ、事実だしね。アンヌも驚いただろう? アレを見た時は。」
「いえ、まぁ、驚いたというよりは……。」


女官魂に火が点きまして、鬼のように猛仕事をしました。
結果、ココも何とか人の住める場所に戻りました。


「ちゃんと人さえいれば、ココだって綺麗に保っていられるのにね。全く……、シュラは怠惰過ぎるんだ。まぁ、これからはアンヌがしっかりと管理してくれるのだから、シュラもやっと人間らしい生活が出来るようになるし、良かったというものだよ。」
「でも、ちょっと気になる事がありまして……。」
「ん? 何かあったのかい?」


私は立ち話をしていたダイニングからリビングへと移動し、アフロディーテ様もその後を追ってきた。
こうして見ると、やはり物寂しい。
ガランとしていて味気ないリビングだと、そう思う。


「どうでしょうか? 何だかあまりにも個性がなくて、寒々としている気がしませんか?」
「確かにシンプル過ぎる気はするけど……。そう思うんだったら、キミが手を加えてやれば良いだろう。」
「私が勝手に変えてしまっても構わないのでしょうか? 好きにして良いとは言われましたが……。」
「シュラは喜びこそすれ、文句は言わないと思うけど。そうだ、キミは得意じゃないか。」
「え……?」


私の横からスタスタと歩いて行くアフロディーテ様。
ソファーの横まで行くと、そこに乗っていたクッションを一つ取り上げた。


「これ、このクッションカバー。キミが作ったんだろう?」


淡いブルーのカバーは、昨日、お掃除の時に私が取り替えたもの。
巨蟹宮にいた頃、こうしたカバーとかテーブルクロス等は、全部自分で作っていた。
勿論、デスマスク様の趣味に合わせて、だが。


「デスマスクのところにいた時と同じようにすれば、そのうち、ココも良い部屋になると思うよ。」


そうだ、アフロディーテ様の言う通りだ。
今はまだ、飾るものが何もないから味気ないけれど、カーテンを取り替えて、部屋を綺麗な色のある配色にしていけば、きっとココも素敵な部屋になる。


「ありがとうございます、アフロディーテ様。」
「アンヌの力になれたのなら嬉しいよ。それにしても、キミのようなしっかりした女官でも、迷う事はあるんだね。」


アフロディーテ様がクスッと口元を綻ばせて、艶やかな笑みを浮かべる。
私は自分の至らなさを思い知って、頬を恥ずかしさで赤く染めた。





- 6/8 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -