8.二人でお買物



アテネ市街へと出てきて、まず最初に向かったのは、服屋でも靴屋でもなく、雑貨屋だった。
そう、シュラ様と約束をしていた傘、それを一番初めに買うつもりで。
本日の空は、いまにも降り出しそうな濃い灰色の雲に覆われている。
だけど、新しい傘を買うつもりで雨具を持ってこなかった私達は、いつ降り出しても良いようにと、最初に傘を買う約束をしていた。


「わ、見てください、シュラ様。可愛くて綺麗な傘がいっぱいありますよ。」


時期的なものもあるのだろうが、その雑貨屋には沢山の傘が並んでいた。
色とりどり、鮮やかで華やかな色の、心踊る可愛らしい模様をした女性用から、見た目は地味だけど大きくて機能的な男性用の傘まで。
シュラ様と一緒だというのに、思わず色んな傘を手に取っては広げ、はしゃいでしまった。


「沢山あり過ぎて、迷ってしまいます。」
「楽しそうだな、アンヌ。」
「はい。傘、好きなんです。」


こんな厄介な体質のお陰で、初夏から夏の終わりまでは、日中に外出する事が殆ど出来ない私。
外に出れるのは、決まって肌寒い曇りの日や雨の日ばかり。
折角の夏の青い空を見上げ、眩しい日差しを浴びる事が出来ないのなら、せめて傘くらいは綺麗で心弾むようなものを使いたい。
あの明るい水色の傘も、憂鬱な気分を晴らすために選んだものだった。


「ドットとかストライプも捨て難いですけど、パッと目の覚める一色だけのシンプルなものも良いですよね。」
「そうだな。アンヌにはゴチャゴチャと模様のあるものよりも、シンプルな傘の方が合っている。」


これなんか、どうだ?
そう言って、シュラ様が差し出したのは、ベビーピンクの傘布に黒い柄の、とてもシンプルなデザインの傘。
確かに、淡い色合いは上品で、それでいて可愛らしくて目を惹くけれど……。


「可愛いとは思いますけど……。」
「けど、何だ?」
「私は、こちらの方が好きです。」


手に持っていた傘を開く。
同時に、視界に広がったのは鮮やかなスカイブルー。
夏の空を思わせる、爽やかで心地の良い青。


「アンヌは青が好きだな。」
「はい、好きです。シュラ様は?」
「俺も青い色は好きだ。だからだろうな。アンヌが整えてくれた青を基調とした部屋は、とても居心地が良い。」


最初にシュラ様の部屋を飾ってから数ヶ月。
その間、何度か気分転換にテーブルクロスやクッションカバーを変えたりもしたが、いつも基本の色は『青』にしていた。
それが落ち着くとシュラ様は言っていたし、何より、私も青が好きだったからだ。


「あ、では、この傘。お揃いで買いませんか? 男性用もあるようですし。」
「お揃い?」


日本の番傘を基にしたその傘は、普通は八本しかない骨が十六数本もある変わったデザインだったが、それがとても洒落ていて、一目で気に入ってしまった。
折角だし、シュラ様にも同じものをと思ったのだけど、少し調子に乗り過ぎたかしら?


「そうだな。珍しい傘だ、俺も同じものを買おう。色違いで揃いの傘というのも、恋人同士の持ち物らしい。」


そう言って、彼が手にしたのは、男性用の一回り大きなインディゴブルーの傘。
色違いで同じデザインの傘を手に、私達はニッコリと微笑み合った。





- 1/8 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -