「……アンヌ。」
「は、はい。何でしょうか?」
「着替えは後でも良いのか?」


その言葉に、私の手がピタリと止まる。
そして、目の前のシュラ様は、ムクリと上体を元に戻す。
それと同時に、それまで彼の髪の毛しか見えていなかった私の目に、その見事な全身が映った。
無駄のない逞しい筋肉に包まれた立派な体躯に、バスタオル一枚だけを捲いた姿のシュラ様。
真正面には、シャワーの熱でやや赤らんだ白く分厚い胸板……。


「すっ、すみませんでしたっ!」
「いや、アンヌが構わんと言うなら、俺は別に着替えなくても問題ないんだが。」
「い、いえ、構いますっ! 構いますから、早くっ!」


どうか服を着て下さい!
そのままでは目に毒です、頭がクラクラします!


慌てふためく私の言葉を受け、背を向けてリビングを出て行こうとするシュラ様。
その後ろ姿をチラリと横目で見ながら、我が事ながら、しっかりと染み付いた女官の習性が怖くなる。
デスマスク様なら、こういうところはキッチリしていたから、困るような事なんて一度もなかったのだけれども。
お仕えする相手が違うと、こうも勝手が変わるものかしら。


ホンの数秒の間に、そんな考えが頭を巡り、小さな溜息が零れる。
そして、俯いた目の端に映った、とある『モノ』にハッとして、思わず私はシュラ様を再び呼び止めていた。


「シュ、シュラ様! 待って下さい!」
「……今度は何だ?」


ピタリと足を止め振り向くシュラ様の色気満載な姿を直視してしまい、慌てて目を逸らしながら傍へと近寄る私。
首を小さく傾げつつ、リビングの扉の横で立ち止まったまま振り返ったシュラ様は、バスタオルを捲いた腰に片手を当てて、私を待っている。


「あの……。それ、なのですが……。」
「ん?」
「そこに落ちている下着です。」


私は、シュラ様が脱ぎ捨てたであろう黒いボクサーパンツを指差した。
先程、寝室で拾った下着は他の衣類と一纏めにして運んだから良いものの、今、足元に落ちているソレは汗を多量に含んで見るからにじっとりしっとりしている。
正直、拾うというか、触る事すら躊躇われる状態。


「流石に、その……。汗でビッショリですし、それはちょっと……。」
「そうだな、すまん。」


何と言って良いか言い淀んでいた私だったが、視線の先のソレに気付いたのだろう。
昨日は私の言いたい事もなかなか感付いてくれない程度にボケッとしていたシュラ様も、今日はどういう訳か、何が言いたいのか、何をして欲しいのか、即座に理解してくれたようだ。


「洗濯機の中に放り込んでおけば良いのか?」
「はい、お願いします。」


スッと屈んだシュラ様は、二本の指先でソレを摘むと、さっさとリビングから出て行った。
ホッとして安堵の溜息を吐くと同時に、肩の力が抜ける私。
視線の先には、先程まで下着が落ちていたフローリングの床の上に残った、薄っすらと濡れた染みが映る。
私は再び溜息を吐くと、キッチンに常備してある雑巾を片手に、戻った。


床の濡れた場所を黙々と拭きながら、ぼんやりと思う。
先程は、あのだらしのないシュラ様の様子に、ついつい我慢出来なくなって、何度も呼び止めてしまったけれども、今度からは、もう少し気を付けて行動すべきだわ。
じゃないと、プライベートルームの中だからと気を抜き捲くっているシュラ様の、あまりに危険な状態を目の前にして、接しなければならなくなるもの。
そう心の中で大いに反省を繰り返した。





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