受け取ったものを全て確認し終わると、歩美さんはベッドの上へと腰掛け、ニッコリと私に笑い掛けた。
そして、彼女の手招きに応じ、私もその隣へと腰を下ろす。
二人分の体重を受け止め、ベッドが心地良さそうにボフッと大きな息を吐き出した。


「ありがとう。これで当分の間は過ごせるわ。良かった、貴女のような人がいてくれて。」
「いいえ。困った時に助け合うのは当然です。それに、ほら。私は女官ですし、こういった事も仕事と言えば仕事になりますから。」
「ありがと……。」


もう一度、小さくお礼の言葉を告げた後、突然に押し黙る。
表情はスッと翳り、何処となく悲しそうな様子で。


「本当は……、あんな事、するつもりはなかったの。」
「さっきのお料理の事……、ですか?」
「えぇ……。」


比較的貧しい国での発掘調査に同行した身だ。
食べ物がどれだけ大切なのか、目で見て、肌で感じて分かっていた。
それでも、馴染みのない料理、慣れない味に戸惑って、なかなか食欲が湧かず戸惑っていたところに、彼の横柄な態度を受けて、我慢し切れずに、あんな暴挙に出てしまった。
淡々と、彼女はそう語った。


「感謝しなきゃいけないのにね。アイオリアは、私を助けてくれたんだから。」
「歩美さん……。」
「彼が掟に背いてまで、私をココへ連れて来た理由も、薄々は分かっているつもり。」
「え……?」


私はマジマジと横に座る彼女の横顔を眺めた。
それこそ、穴の開く程に。
『脱走すれば死罪』という理不尽な掟を、無理矢理に押し付けられた筈の彼女。
アイオリア様を憎んでもおかしくない歩美さんが、彼の気持ちを察しているとは……。


「確かに言葉は横柄で、ぶっきらぼうで、気の利かないところもあるし、鈍感だけど……。でも、彼は優しい人だわ。とてもとても優しい人。じゃなきゃ、あんなに何度も私達のところに説得に来なかったと思う。」
「説得……。そう言えば、アイオリア様が言ってました。発掘を中止して避難するように、何度も勧告したと。」


アイオリア様の事だ。
相手方に嫌がられ、邪魔者扱いされても、しつこく現場に通い、彼等の説得を続けたに違いない。


「えぇ、そう。でも、父も仲間達も、誰一人、彼の説得に応じなかったし、耳を貸さなかった。本来なら、その時点で実力行使も出来たと思うの。彼は黄金聖闘士で、ある程度、人を動かす力もある。人手を借りれば、私達を力尽くで追い出す事も可能だった。でも、彼はそうしなかった。」
「…………。」
「彼は優しい人だから、私達の意志を踏みにじりたくなかったんでしょう。だけど、そのせいで、私以外は皆、死んでしまった。だから、きっと心の奥で強く後悔している、力尽くで発掘現場から追い出さなかった事を。その後悔が、私をココへ連れてくるという選択になったんだと……。」


皆を守れなかった事。
自身の選択ミスのせいで、事件を防げなかった事。
その後悔が大きかったが故に、彼女を政府や医療機関の手に引き渡すだけでは納得出来なかった。
せめて、その心と身体の傷が癒えるまで、心安らかになるまで傍にいてやりたい。
その時のアイオリア様は、ただその一心だったのだろう。





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