「取り敢えず、そのタオル、こっちへ放ってくれ。」
「あ、はい……。」


言われたとおり、シュラ様に背を向けたまま、手にしていたタオルを彼の方へと放った。
パサリとそれが床に落ちる音が聞こえ、次いで、シュラ様の足音と、身を屈めた気配を感じる。


「こっちを向いて良いぞ。」
「え? あ、はい。」


言われて、恐る恐る振り返る。
シュラ様はバスタオルを腰に巻いただけの非常に刺激的な姿だったが、まぁ、全裸よりはマシだろう。
私は伏目がちに、あまり彼を直視しないようにして佇む。
だって、ただでさえシュラ様の裸体は魅惑的なのに、それに加えて雨にしんなりと濡れた髪が、妙に色気を倍増させているんだもの。
間違っても直視なんて出来ないわ。


「予想外に霧雨が濃くてな。随分と濡れてしまった。」
「早くシャワーを浴びた方が良いのでは? 風邪、引きますよ。」
「そこまでは冷えていない。昨日までに比べれば気温は低かったが、お陰でトレーニングには都合が良かった。ただ――。」


そこで一旦、区切られた言葉に、思わず視線を上げる。
私をジッと見下ろすシュラ様の黒い瞳と、逞しく鍛え上げられた立派な大胸筋が、一度に視界に飛び込んできて、また顔の熱がカアッと上がったのが分かった。


「この雨のせいで少々、集中出来なかった。」
「濡れるのが嫌だったのですか?」
「そうではない。身体や髪が濡れると、アンヌから移ったオレンジの匂いが、自分自身からフワリと香ってくるんだ。それに気を取られて集中力を欠いてしまった気がする。」


驚いた。
シュラ様も私と同じように、夜の間に移ってしまった香りに心惑わされていたなんて……。
妙な恥ずかしさと、その場の空気から、彼の事を見ていられなくなって俯く。
何だか、初めての朝を迎えた恋人同士みたいな雰囲気だわ。
私達の間にあるのは、何処となく気まずくて、それでいて仄かに甘さが流れている空気。
実際には、ただ添い寝をしただけなんだけど……。


「シャワー浴びてくる。」
「あ……、は、はい。」


クルリと背を向けて歩き出したシュラ様だったが、何かを思い出したように、ピタリと足を止めた。
そして、また私の方へと向き直り、駆け寄ってくる。
何だろう?
ぼんやりと彼の姿を見上げていると、スッと屈み込んだシュラ様が、私の耳元に囁いた。


「アンヌ、今夜も頼む。」
「え?」
「これからは毎晩、俺のベッドで寝て欲しい。この移り香が消えてしまわぬように、途切れなく共に眠りたい。」
「し、シュラ様っ……。」


何という誘惑の言葉だろうか。
彼の中に流れるラテンの血は、やはり抑えようとしても抑えられるものじゃないのね。
耳に程近い頬に軽くキスを落とし、それから、踵を返してバスルームへと颯爽と立ち去っていくシュラ様の後ろ姿を、ぼんやりと眺めながら。
あとどのくらい、私はあの魅力的な色気から、心と身体をガードしていけるのだろうかと、不安に思った。





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