――カチャカチャ……。


私は、食事を終えて空になったお皿を片付けていた。
シュラ様はテーブルに着いたまま、いつもの食後の紅茶で一息。
濃い目のディンブラに角砂糖を一つ落として、ゆっくりと味わいながら啜っている。


と、それまで終始無言だったシュラ様が突然、おもむろに口を開いた。
私は手にしていた空のお皿をキッチンに運び込むと、慌ててダイニングに戻り、シュラ様の向かい側の席に着く。
彼が何を話そうとしているのか、それが分かっていたから。


「今朝の件についてだが……。」
「歩美さんの事ですね。」
「あぁ、そうだ。先程、俺がココへ戻ってくる直前に、全ての手続きが済んだそうだ。アイオロスが苦笑いを浮かべて、そう報告してくれた。」
「えっ?! もう、ですか?!」


シュラ様が戻る直前という事は、十二時には解決してしまったと。
まだ、あれから一時間しか経っていない。
二時間が勝負と言っていたのに、そのたった半分しか時間を費やさずに、全てを終わらせてしまうなんて……。


「流石に俺も驚いた。何をどうしたのかは知らんが、アイオロスは、俺達が思っていた以上の手腕を持っていたようだな。」


アイオロス様が、黄金聖闘士の中でも特に強い戦闘力を持っている事は誰もが知っている。
だが、少年期に現役を離れてしまっていたがために、政治や執務には疎いのではないか。
それが聖域にいる皆の意見だった。
だが、今回の事で、それは覆されたと言って良い。
やはり十四歳にして次期教皇に選ばれるだけはあったのだ。


「これで、もう日本へは戻れなくなったんですね。彼女が何を言おうとも。」
「そうなるな。」
「よく、こんな短時間で日本政府を納得させられましたね。短くとも半日は掛かるものだと思っていましたが。」
「アイオロスは、いつもあのように笑っていはいるが、脅しや圧力を掛けるのが上手い。柔らかな物腰に隠れてはいるが、あれは相当に強引な手段も平気で使う。」


知っているわ。
今朝の彼女への説得だって、そうだったに違いないもの。
その優しげな印象に隠して、相手も気が付かないうちに、物事を自分の思う方向へと着実に進めてしまう。


「私……。夕方にも様子を見に行ってきます。」
「止めておけ。」
「どうしてですか?」


今頃、冷静さを取り戻した彼女は、今更ながらに襲い来る不安と闘っているに違いないのだ。
私のような同じ一般人の女性が傍にいれば、少しは安心出来るかもしれないのに、シュラ様は、どうしてそれを止めようとするのだろう。


「明日までは、アイオリアに任せておくべきだ。彼等は二人だけで話し合う必要がある。その上で、冷静になった彼女の気持ちを、改めて納得させる事が出来るのか。それとも、余計に関係が悪くなるのか。それはアイオリア次第だが、いずれにしろ、彼女をこの聖域の人間として定着させる事。それがアイツの責任だろう。」
「そう、ですね……。」


シュラ様の言う事も、もっともだと思う。
だけど、彼女の事を心配に思う気持ちも、強く私の中に残っている。
どうするべきか悩みつつ、私は昼食の後片付けに戻った。



→第5話に続く


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