アイオロス様が彼女の説得を始めて一時間程、経った頃だろうか。
一体、どんな話し合いになっているのか、声も聞こえてこなかったから、全然分からなかったのだけれども。
随分と長く時間が掛かっている事に焦れた私は、流石に待ちくたびれて、気が付けばリビングの中をウロウロと歩き回っていた。


「……アンヌ。」
「あ、アイオロス様。どうでしたか? 上手くいったのですか?」
「勿論。流石に時間はちょっと掛かってしまったけどね。何とか、彼女も納得してくれたよ。」
「そうですか、良かった……。」


ホッと息を吐くと、アイオロス様が苦い笑いを浮かべて、私の肩をポンと一つ叩いた。
やだ、溜息を吐きたいのは、私じゃなくてアイオロス様の方だろうに。
ついつい自制出来なくて息を吐いてしまった。


「アンヌ。彼女、まだ起きてるから、これからの生活に必要なものとか、聞いて上げてくれるかな。」
「はい、分かりました。あ、アイオロス様は、どうなさるのですか? 直ぐお戻りになられますか?」
「いや、彼女の近くに誰もいなくなるのは、ちょっと危ない。リアが戻ってくるまでは、ココにいようと思う。」


そう言って、ニッコリと笑った、その顔。
うわぁ、やっぱり破壊力は黄金聖闘士イチだわ。
私ですら、一瞬、クラッときちゃったもの。


私は、ホンの一瞬だけでもアイオロス様の笑顔に心を奪われた事を、胸の奥でシュラ様に謝罪しながら、彼女の待つ部屋へと向かった。
部屋に入ると、中の空気は予想よりも、ずっと穏やかだった。
そして、ベッドの上に起き上がった彼女――、歩美さんは、少しも怒っている様子などなかった。


アイオロス様から話を聞いて、その説得に応じたのだから、そこに怒りは感じていないのだろう。
でも、彼女の顔に色濃く浮かんでいるのは、激しい戸惑いの感情。
怒りを感じる以前に、その戸惑いを抑えられない、そんな感じだ。


大体、想像は出来る。
何が何やら分からない間に、例のアイオロス様独特の話術とペースで話を進められ。
全てを理解し飲み込む前に、その説得を受け入れるしかなくなっていた。
そんなところだろうと思う。


「あの……、貴女は?」
「私はアンヌと言います。黄金聖闘士・山羊座のシュラ様の――。」


そこまで言って、ハッと口を噤んだ。
えっと、この場合、私はシュラ様の『何』だと言えば良いのだろう。
恋人?
それとも……。


「―-―守護する磨羯宮に勤める女官です。歩美さん、貴女の手助けに来ました。」
「手助け?」


少しだけ悩んだ末、私は『女官』であると彼女に告げた。
正確に言えば、私はもうシュラ様に仕える女官ではない。
あの告白の次の日、シュラ様は私の女官の任を解き、代わりに自分の扶養者として登録する手続きを、颯爽と教皇宮で行ってきた。
気が早いと言えば、早過ぎるくらいなのだが、シュラ様曰く、そうでもしなければ安心していられないから、との事。


でも、この事実は、まだ殆どの人に知られていない。
知っているのはデスマスク様とアフロディーテ様と、そして、何故かアイオロス様の三人だけ。
迂闊に彼女へ「恋人です。」だなんて言ってしまったら、どんな大きな話になって広まってしまうか分からないもの。
人の噂の威力は、想像以上に怖い。
シュラ様が聞いたら、きっと不機嫌になるだろうとは思いながらも、私は『磨羯宮の女官』だと言い張ろうと、心に決めた。





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