「はあぁぁ。」


空気の重さを破るように、大きな溜息が一つ響いた。
デスマスク様だった。
意識的に眉を下げ、肩を竦めて、砕けた表情を繕うとしているのが、私にすら手に取るように分かった。


彼がそうしないと、この場の雰囲気は変わらない。
アイオリア様が苦しそうな表情を変える事はないだろうし。
この局面で、シュラ様が、あの無表情を崩す事など、それこそ考えられない。
私だって、もう言葉の一つも出てこないのだ。
喉がカサカサに渇いて、声の出し方すら忘れ掛けている気がするもの。


「しっかし、酷ぇ親父だな、その教授とやらは。そんな渡航危険区域での発掘に、自分の娘を連れて行くか、普通?」
「確かに、娘を危険に晒すなど、普通の親では考えられん。」
「俺も驚いてな。教授に話を聞いたんだ。何でも歩美は、まだ大学生で、研究者でも、ましてや彼の助手でもなかったらしい。それでも、自分と同じ考古学の道に進みたいと彼女に言われて、ならばと、今回の発掘に同行させた。そう言っていた。」


妻は既に他界している。
自身の親も、妻の親も同じく。
父一人、子一人の家族で、しかも、その子が、同じ道に進む決心をしてくれたのだ。
嬉しさもあったのだろう。
だが、それ以上に……。


「今回の発掘が危険と隣り合わせなのは分かっている。もしかしたら、私は生きて帰れないかもしれない。だが、そうなれば、あの子はたった一人残されて、生きていかねばならない。危険と分かっている紛争地域に出向いて死亡した場合、保険金すら下りない可能性は高い。研究に生涯を捧げている私には、あの子に残してやれるものが何もないんです。だったら――。」


一人、残してしまうよりは、共に……。
そんな思いで、教授は娘を発掘に同行させた。
そして、彼女も、そんな父親の気持ちを分かっていて、危険である事も全て承知の上で、この国へとやってきた。
死なば諸とも。
これも親子の絆の一つの形なのだろう。
どちらかが生きるよりも、共に死ぬ事を願う。
それは歪んだ愛の形なのかもしれないけれど。


「なのに、彼女だけが一人、残されてしまったんですね……。」


思わず、唇から漏れ出た私の言葉が、静かな室内に響く。
その言葉を受けて、何とか表情を和らげようと苦心していたデスマスク様も、その努力も空しく、また元の険しい顔に戻ってしまった。
シュラ様は小さな溜息と共に首を振り、アイオリア様は俯いて、ギリッと唇を噛んでいる。


「何もかも失ってしまった歩美を、そこに残してくるなど、俺には出来なかった。これから先の彼女の歩む道を思えば、俺は……、俺はっ!」
「だからって、オマエ! それは違ぇだろ!」


刹那、勢い良く立ち上がったデスマスク様が、アイオリア様の前に立ちはだかる。
そして、項垂れていた彼の胸倉を、力任せに掴み上げていた。





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