私の目の前で、シュラ様は呆れの表情を僅かに残したまま、クッキーをパリパリと貪り食べている。
デスマスク様とは、本当に何もかも正反対だわ。
彼は執務も任務も、兎に角、面倒事には最小限の力しか用いない。
ギリギリ限界のところまで手を抜くクセに、自分が快適に生活するためには労力を惜しまず、妥協は許さない。


でも、シュラ様は、その真逆。
任務など黄金聖闘士しての役割には、自らの百パーセントの力を持って事に当たるのに、自身の身の回りについては、生きていければそれで問題ないと言いたげなまでに、何処も彼処も手を抜き捲くっている。
でも、そんなシュラ様の凄まじくダメダメな生活振りのお陰で、こうして女官としての私の能力を存分に発揮出来るのだから感謝するべきなのだろう。


「では、トレーニング三昧と言うのは有り得ないとしても、外出もされないのですか? それこそ、折角の休みなのですし、アテネ市街にでも降りられたら……。」
「デスマスクかアフロディーテと休みが重なって、かつ、誘われたら行くが、自分一人で行こうとは思わんな。特別、何か欲しいものでもあれば別だが。」
「でも、シュラ様ならば、デートに誘われる事も多いのでしょう?」
「女は面倒だ。あのような者達と出掛ける事など、折角の休日に、返って疲れるだけではないか。それこそ時間の無駄遣いにしかならん。」


また出たわ、『面倒』。
口癖の『面倒』。
しかも、思いっきり渋面。
分かり易過ぎます、シュラ様。


でも、そう答えるだろうとは予想していた。
あの部屋の状態だもの、恋人がいないのは分かりきっていたし。
恋人がいないどころか、親しい女性がいる痕跡すら見当たらず、もう数年は、お近付きになった女性などいないと、それもハッキリしていた。


もし仮に恋人か、もしくは恋人に近い位置にいる女性がいたとしたら、シュラ様のこのとんでもない部屋の惨状も、一度は誰かの目に触れている訳で。
目に触れた事があるなら、何処かで話題には上っている筈で。
こういう事は、必ず噂になって伝わるもの。
それが全く誰にも知られてなかったという事は、ココに足を踏み入れた事のある人は、本当に気心の知れた極少数の人だけだと推測出来る。
黄金聖闘士の方々、特に親友のデスマスク様とアフロディーテ様、そのお二人くらいなのではなかろうか。


「やはり意外です。シュラ様には、常に恋人の一人二人くらいはいそうだと思っておりました。」
「二人もいたら困るだろう。恋人なら一人で十分だ。」
「その一人もいらっしゃらないのでしょう?」
「仕方ない。その一人に値する女が、なかなか手に入らないのでな。だが……。」


カチャリと紅茶のカップが受け皿に戻された音が響き、一瞬だけ会話も、その場の空気までも途切れた。
いや、途切れたような気がしただけなのかもしれない。
でも、何故だか、それまで口元に浮かべていた微笑がスッと退いてしまう私。
そんな私の表情の変化をジッと見て、シュラ様は何度か瞬きをした後、目を逸らしながら、はにかんだ小さな笑みを浮かべた。


「シュラ様、どうかされましたか?」
「いや、何でもない。悪いが新しい紅茶を淹れてくれないか、アンヌ。」
「あ、すみません。気が付かなくて。」


既に空になったティーカップを指差されて、私はハッとする。
ティーポットを抱えて立ち上がった私は、新しい茶葉とお湯を補充するため、慌ててテラスを出た。
だが、背後から、シュラ様の視線がジッと私に注がれているような気がして。
その視線から完全に遮られるキッチンの中に入った後、何故か私の唇からホッと深い息が零れ落ちた。





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