2.不安の種



シュラ様が修練場へ向かって出掛けて行き、私にとって長過ぎる朝の時間が、漸く終わった。
私はグッタリとソファーに倒れて座り込み、それと同時に、身体の内から自然と湧き上がる溜息が零れ落ちる。


理由は……、言わずもがなだろう。
彼とのお付き合いが決まって、僅か数日。
こうして日に日に攻撃の手を強めてくるシュラ様に、私の疲労も比例して深まっている、この現状。
もしや、そうして疲労困憊するまで追い詰め、私が動けなくなったところを、一気に襲うつもりだろうか?
いや、流石にそんな作戦で私を困らせているとは思えない。
大体、「私がその気になるまでは待つ。」と言ってくださっているのだし。


私は再び大きな溜息を吐くと、部屋の壁時計を見上げた。
朝食の後片付けが、まだ済んでいない。
お掃除もしなきゃいけないし、そうこうしている内に、働き者の洗濯機がお洗濯を終わらせるだろうから、それを干さなきゃいけないし。


「でも、あと五分くらいなら……。」


ちょっとだけ自分に甘くたって良いわよね。
私は十分に頑張ってるもの。
そう思いつつ、クッションを抱き締め、ソファーの背もたれに頭を預けた。
が、そういう時は必ず誰かに邪魔されるもので……。


――ドンドンドン!


疲れ果てた耳に、遠慮の欠片もない耳障りなノック音が響く。
誰だろう?
こんな朝の時間帯に、この宮を訪れる人なんて、デスマスク様以外には殆どいない。
そのデスマスク様にしたって、先程、勝手に怒って帰ったばかりだし……。


「やあ、アンヌ。おはよう。」


現れたのは、目映い笑顔を惜しげもなく振り撒くアイオロス様だった。
いや、『振り撒く』って言葉は間違っているとは思うのだけど、どうしてもそうとしか見えないって言うか、あの笑顔は曇りの日でも直視出来ないくらいに眩しくて、既に神か天使の領域だと思う。
流石に、聖域の英雄ね。
未来の教皇様は、ひと味もふた味も違うわ。


「シュラに用があったんだけど、いないのかな?」
「今日は闘技場で候補生達に稽古をつけるそうなので、早めに出掛けて行きましたが。」
「ああ、そうか。今日は後輩指南の当番だったか……。」


その甘く端正な顔に苦い笑みを浮かべ、前髪を掻き毟るアイオロス様。
うわあ、これはまた物凄い破壊力だわ。
シュラ様以外に心揺さ振られる人なんていないと思っていた私ですら、この表情には思わず見惚れてしまったのだもの。
教皇宮に勤める女官の子達なら、一撃でノックアウトね、間違いなく。


「失敗したな。執務の前にシュラに話をと思って、少し早めに出てきたんだが、間に合わなかったか。」
「何か急ぎの用件でしょうか?」
「いや、そうでもないんだけど、そうでもあるような……。」


そして今度は、何処となくアンニュイな曇り顔。
シュラ様の破壊力も相当なものだけれど、アイオロス様は、その数倍。
同じ黄金聖闘士でも、彼は別格だわ。
もし、アイオロス様に恋人がいなかったら、どうなっていただろうか?
教皇宮辺りで、女官の子達が我先にとアイオロス様に群がり、言い寄る場面が容易に想像出来て、私は心の中で苦笑を零すばかりだった。





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