「従者なら昔、雇っていた事はある。だが、これがヨボヨボの年寄りで、マトモに仕事らしい仕事も出来なくてな。メシなど最悪だったぞ、激マズで。」
「どうして、そのような人を? 新しく誰かを雇おうとは思わなかったのですか?」
「新しい従者が来れば、一からまた何かと教えなければならない。それが面倒だった。だから、その従者が亡くなった後は、新しく誰かを雇おうとは思わなかった。」


その従者さんがいつ亡くなったのかは知らないけれど、それからずっとあんな部屋の状態が続いていたのだと思うと、少し、いや、かなりゾッとした。
虫や菌が湧いてなくて良かった!
あ、でも、念のために明日にも部屋全体を消毒しておこう。
防虫剤も焚いておいた方が良いかもしれない。


「では、私もシュラ様の邪魔をしないよう、注意して仕事をしなければ駄目ですね。」
「いや、アンヌなら大丈夫だと、さっきも言っただろ。ほら、こうして……。」


丁度その時、会話を交わしながら淹れていたお茶を、シュラ様に差し出したところだった。
彼は受け取った紅茶を見て、フッと小さく笑みを零す。
その小さな微笑みは、先程の可愛らしさとは対照的に、男の人の色気を多分に含んでいて、一瞬だけ私の心がドキンと高鳴った。


「アンヌは俺がアレコレ言わなくても、既に好みを把握してくれている。これが良い例だ。」
「それは偶然です。まだ分からない事の方が圧倒的に多いですから。」


淹れた紅茶は、レモンもミルクも添えないストレートティー。
ウバやディンブラなどのセイロン紅茶に角砂糖が一つ、それがシュラ様の好み。
彼は巨蟹宮での食事の時に良くいらしていたから、お茶の好みは覚えていた。
デスマスク様はコーヒー、シュラ様とアフロディーテ様は紅茶、それがいつもの食後の一杯。


「雇うと決めたからには、多少の遣り取りは必要だろう。俺とて、何でもかんでも『面倒だ』の一言で済ますワケではないぞ。」
「だと嬉しいんですけどね。ふふっ。」
「分からない事があるなら遠慮なく聞いてくれ。だが、軽微な事はアンヌの判断に任せる。さっきも言ったが、ココの事はアンヌの好きにして良い。」
「良いのですか? どうなっても知りませんよ?」
「アレより酷くなる事はないだろう。だったら、文句など言いようがない。」


アレがとんでもなく酷い状態だと分かってて、放置してらしたんですね、シュラ様。
片付けさえすれば快適な空間に戻ると知っているのに、片付けようともしない、その神経が凄い。
よくもまあ、あのような不快極まりない部屋に平然と住んでいられるものですこと。
ホント感心するばかりだわ、ある意味で。


「私、お仕事に戻ります。片付けもありますし。夕食に召し上がりたいものの希望がありましたら、早めに仰ってください。食材と相談して献立を決めますから。」
「あぁ、分かった。ありがとう、アンヌ。」
「シュラ様、お礼は不要です。私は女官、それが仕事なのですから。」


そう言って、食器の乗ったトレーを持って立ち上がると同時に、私はシュラ様に微笑み掛けた。
一瞬、キョトンとして私を見上げたシュラ様だったが、直ぐに私の言葉の意味を理解して、「そうだな。」と小さく微笑む。
再び、トクンと高鳴った私の心音に、何だか嬉しさと楽しさが込み上げてきて。
きっとココでの仕事も、生活も、上手くやっていけるのだろうと、そんな予感さえ覚えた。



→第3話へ続く


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