丁度、テーブルのセッティングも終わった頃。
執務を終えて磨羯宮へと下りてきたアフロディーテ様が、私達に合流した。
いつものように優雅な微笑みを浮かべた彼は、でも、その女性とも見紛う笑顔の麗しさとは裏腹に、大きな荷物を片手で軽々と持っている。
夕方とはいえ、この暑い日差しの中を汗一つ掻かず、まるでそれが羽根のように軽いものだとでも言いた気な様子だ。


だが、抱えた巨大な段ボール箱の中からは大量の酒瓶が、これでもかと出るわ出るわ。
こんなに重いものを、あのように涼しい顔で持っていたなんて、アフロディーテ様ほど見た目と実体のギャップが激しい人はいないのではないのかしら。
などと思いながら、私は目を丸くして、次々とテーブルの上に並べられていく、世界各国の様々なお酒の瓶を眺めていた。


「ほら、これはキミに上げるよ、アンヌ。」


彼が最後にダンボールの中から取り出したもの。
それは、たった一本の、だが見事に咲き誇る真っ赤な大輪の薔薇だった。


「これ、もしかしてアフロディーテ様の薔薇園で栽培されている薔薇ですか?」
「そうだよ。アンヌの快気祝いにと思って、一番綺麗なのを摘んできたんだ。」
「そんな、勿体ない事を。大した病気でもなかったですのに……。」


アフロディーテ様の薔薇園に咲く薔薇の中で、この真紅の薔薇は特に希少価値の高いものだった。
他の薔薇――、黄色や白、ピンクなどの薔薇は、比較的、安易に提供してくれるアフロディーテ様だが、この真っ赤な薔薇だけは、特別な式典や行事の折にしか提供をしないと聞いた事がある。


そんな大切なものを私如きに……。
思わず恐縮して手を引っ込めてしまえば、彼は困ったように肩を竦めた後、その綺麗な顔に苦笑いを浮かべて、私の手を取った。


「アンヌ。こういう場合は遠慮をするのではなく、『嬉しいです。』と言って、受け取らなきゃ駄目だよ。断る方が失礼に当たる。」
「あ、そ、そうですよね。すみませんでした。私とした事が……。」
「気にする事はない。ほら、受け取って。」


促されてオズオズと手を差し伸べる。
手渡された真紅の薔薇は、瞳にとても眩しくて、独り占めしてしまうのが勿体ないような気分になった。


「あ、あの。この薔薇、ココに飾っても良いですか? このテーブルの真ん中に。」
「そうだな……。バランス的には悪くはないが、このテーブルの上じゃ、あの無作法な蟹と山羊が、酔っ払って倒しかねない。私が精魂籠めて育てた薔薇を、アイツ等の手で無残な姿には変えたくはないし……。」
「はぁ……。」
「この薔薇はアンヌの部屋に飾っておいて欲しい。これはキミへの贈り物、キミのためだけに摘んできたものだからね。」


そう言われては、ココに飾る事は出来ない。
私は一旦、自室に戻ると、小さな一輪挿しに、その真っ赤な薔薇を活けて、ベッド脇の小テーブルの上に飾った。
たった一本、薔薇の花を飾っただけだというのに、それまで味も素っ気もなかった自室が、パッと光が灯ったように明るくなる。
お花の持つ力って凄い。
ただそこにあるだけで、部屋のイメージも、私の気分も、グッと明るいものに変わってしまった。


その気分に釣られて、鏡を覗き込む。
軽くメイクを整えると、ニコッと笑顔の練習なんかしてみたりして。
また、それがまんざらでもなかったから、私はふわりと明るい気持ちのままで、彼等の待つリビングへと戻って行った。



→第9話に続く


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