「折角、一緒にいるというのに、別々に食べるのはつまらんだろう。ココに持って来たら良い。」
「……え?」


シュラ様の言葉に、私は唖然として立ち尽くした。
凍り付いて固まってしまったと言っても良い。
宮主と女官が並んで一緒に食事をするなど、私の中では考えられない事だった。
だけど、目の前のシュラ様は自分の隣、書類が退けられて空いたソファーのスペースをポンポンと叩いて、ジッと私を見上げている。


そ、そんな事……。
でも、それがシュラ様の望みなら、宮付きの女官である私には断れない。
そうだわ。
向かい合って食事をするよりは、隣同士の方がジロジロ見られない分だけ、まだマシだ。
そう念じるように心の中で繰り返しながら、私は観念して、自分用の食事が乗ったトレーを手にリビングへと戻った。


「失礼、します……。」
「あぁ。」


昼食は和やかに進んだ。
シュラ様と二人では、もっと気まずいかと思っていたのだけど、意外にも彼は普通に話し掛けてくれる。
ちゃんとした会話も出来るのね、マトモに会話なんて成立しないかと思っていたけれど……。
そんな失礼な事を密かに考えながら、弾む会話のお陰で、私も遠慮せずに言葉を発せられるようになっていた。


「シュラ様は、いつもあのような食事をされているのですか?」


先程のパンの成れの果てである物体と、卵一個を丸飲みした件。
あれは吃驚した。
本当に度肝を抜かれたわ。


「いつもではない。大抵、昼は教皇宮で執務に当たっているから、食堂に行く。あれは面倒な時だけだ。」


その面倒な時っていうのが、日常のような気がするのですけど……。
とは、声に出しては言えないので、心の中でだけ突っ込んでみる。


「朝は胡瓜を一本とか、パンを齧る程度だな。」
「それでは栄養が偏ってしまいます。聖闘士は身体が資本なのですから、ちゃんとバランスの良い食事をされないと。これからは私が三食キッチリご用意致しますから、しっかりと食べてくださいね。」
「アンヌの料理ならば、朝・昼・晩、何食でも喜んで食べるぞ。デスマスクの料理とまではいかないが、それでも、とても美味いからな。」
「ありがとうございます。そう言って頂けると、作り甲斐があります。」


巨蟹宮にいた頃から、シュラ様はいつも私の料理が美味しいと褒めてくださっていた。
彼はアフロディーテ様と一緒に、頻繁に巨蟹宮を訪れては、夕食という名の『飲み会』を三人でしていたのだ。
そのため、必然的に私が食事を用意していた。
まぁ、それがお酒のお供なのか、メインの料理なのか、分からないような状態だったけれど。


デスマスク様は勿論、私より自分の料理の方が美味しいと思っているから、褒めてくれる事なんてない。
アフロディーテ様は、私の料理があまり口に合わないのか、いつも召し上がる量が極端に少なかった。
だけど、シュラ様だけは、必ず「美味かった。」と、たった一言だけでも褒めてくれた。
私は、それが何より嬉しかった。


だからこそ、次の職場が磨羯宮だと聞いた時、私は迷わなかったんだ。
私の料理を「美味い。」と言ってくれるシュラ様なら、きっと上手くやっていける、そう信じて。
でも、今はそのような思い込みは、単なる幻想なのだと気付いてしまったけれども……。





- 7/10 -
prev | next

目次頁へ戻る

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -