「シュラ様、昼食が出来ましたよ。」
「あ、あぁ……。」


出来立てほやほやのランチが乗ったトレーを手にリビングへと入ると、シュラ様はソファーの真ん中にドッカリと座って、綺麗に片付けた筈のテーブルの上に、書類らしきものを散乱させていた。
それを見た瞬間、額に青筋が浮びそうになるのを必死で堪え、そんな事は少しも顔に出さず、優雅な微笑みで歩み寄る私。
しかし、心の中で煮えくり返ってる私の怒りなどにはお構いなしに、シュラ様がその書類をグシャッと纏めてソファーの空いている部分に山積みにしたのを見て、流石の私も堪え切れなくなった。


「シュラ様、駄目ですよ! そんな風になさるから、部屋中の至るところに物が積み上げられていくのです! ちょっと待っていてください!!」
「??」


書類の退けられたテーブルに、トレーを置いた音がガタッと響く。
シュラ様が疑問符を浮かべて私へと向けている視線を背中に感じながら、足早にリビングを出て行くと。
私は、先程の片付けの際に見つけた丁度良いサイズの空き箱を手に、急ぎ戻った。


「この箱なら丁度良いかと思います。ココに入れておけば、昼食の後でも、別の日になっても、分からなくなったり、不足したりしないでしょう?」


そう言いながら、私はシュラ様の横にスッと屈むと、その書類を簡単に揃えて箱の中に入れていく。
そんな私を、シュラ様はただ黙って眺めていた。


「あ、これ……。もしかして、宮費関係の……。」
「あぁ、そうだ。領収書が溜まってきてたのを思い出してな。」


そうか。
今まで宮付き女官も、それに代わる人も磨羯宮にはいなかったから、シュラ様がご自分で宮費の管理をされていたんだわ。
毎日、忙しいだろうに、こんな事まで自分でしていたなんて大変だったに違いない。
どうして、今まで女官を使おうと思わなかったのかしら?
女官さえいれば、少なくともお部屋の中はあんなにも悲惨な状況にはならなかったのに。


「あの、それは時間が空いた時に、私がやっておきます。それも女官の仕事ですから。」
「そうか。なら頼む、アンヌ。」


私は小さく頷くと、その箱を手に立ち上がって、彼に背を向ける。
と、立ち去りかけていた私の背中に向かって、シュラ様の声が掛かった。


「待て、アンヌ。」
「はい、どうかなされましたか?」
「これは俺の分だけなのか? アンヌは、どうするのだ?」


振り返れば、シュラ様はテーブルに置かれているランチのトレーを指差している。
そして、あの鋭い瞳でジッと私を見上げていた。
私は、その言葉の意味が分からずに、一瞬だけ首を傾げた後、彼の考えている事に思い至り、ニコリと微笑んだ。


「私の分はキッチンに用意してありますので、そちらで食べます。私の事はお気になさらず、どうぞ召し上がってください。冷めちゃいますよ。」


キッチンで食事を摂るというのは、巨蟹宮にいた頃に身に付いた習慣だった。
それは、自分の雇い主である人と共に食事をする訳にもいかないし、かといって、食事が終わるのを待っていたら、その後の片付けなどに追われて、食べる機会を失ってしまうからだ。
料理の内容によっては、デスマスク様の食事の進み具合を見計らって次の料理を出したりとか、デザートを運んだりとかしなければいけない事も多かった。
それらに対応するため、彼が食事をしている間に、食事の状況が直ぐに分かるキッチンで、様子見をしながら手早く済ませるようになってしまった。
自分にとっては、それが当たり前だった。





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