――カロン、カロン。


少し乱暴に店のドアが開けられ、入口のベルも強めに鳴った。
静かな店内に相応しくないズカズカと粗暴な足音。
それを響かせている男は不機嫌を隠しもせずに眉をグッと顰めたまま、真っ直ぐにカウンターへと向かって進んできた。


「……帰った。」
「おや? 今夜は随分と早い帰宅だね、デス。まだ十一時ちょっと前だよ。」
「まさか本当に残業だったとか? 夜遊びじゃなくてさ。今朝は遅い出勤だったんだろ?」


カウンターでグダグダとしていたミロが、真横に来たデスに気が付き、シャンと背筋を伸ばした。
フンと鼻を鳴らしたデスが、ミロの隣にドカリと座ると同時、スッと滑るように、すかさずカクテルのグラスが差し出された。
デスが勤める建築事務所はフレックスタイム制を取っている。
午前十一時から午後三時まで必ず勤務していれば、出社時間も退社時間も自由に決められる。
前日、遅くまで仕事をしていたデスの今朝の出勤時間は午前十一時ギリギリだったから、今夜も遅くまで仕事をしていても何らおかしくはない。


「でも、残業ではないだろう。こんなに移り香プンプンさせてるんだから。」
「そ。この下品な香水の匂いと同じ、今日の女はハズレだったって事だ。」
「ハズレって、酷い言い方だなぁ。相手の子が可哀想だろ。」
「いやいや、俺の方が可哀想だって。ありゃ、騙されたようなモンだし。」
「騙された?」


デスの今夜の相手は某大手企業の受付嬢だった。
仕事でその会社を訪問した際に目を付けて、連絡先を聞き出していたのだ。
会社の顔の受付嬢だけあって、そこそこ美人で清楚な印象。
それでいて様々な人達が訪れる受付においては、絶対的に必要な機転と対応力を持つ芯のシッカリした賢い女性。
こういう女は落とし甲斐がある。
でもって、ベッドの上で泣かせ甲斐がある。
ニヤリと笑みを浮かべたデスは、気合いを入れて今夜のデートに向かったのだが……。


「勤務中とプライベートじゃ、見事に豹変する女だったンだよ。会社を一歩出れば、下品な香水の匂いをプンプンさせて、どっかのキャバクラ嬢の私服みてぇなダサい服を着てよ。一目でガッカリ落胆しちまったンで、メシだけ食って、何もせずに帰って来たってワケだ。」
「何もなかったのか。その割には帰宅が遅いんじゃないのかい?」
「ムシャクシャしたから一杯飲ンできたンだよ。気分替えだ、気分替え。」
「どうせ飲むなら、ココで飲んでくれれば良いのに。店の売り上げが上がるんだから。」


ココで飲んでも気分替えになンねぇじゃねぇか。
そう悪態を吐いて、デスは目の前のカクテルを一気に飲み干した。
淡い琥珀色のカクテルはフレンチ・コネクション。
その甘さにデスは思いっ切り顔を顰める。


「こりゃ、アマレットの甘さか?」
「正解。素敵な女性との楽しい夜を過ごせなかった代わりに、甘い夢でも見られたら良いんじゃないかと思ってね。甘くても度数は強いから、深く眠れるよ。」
「独り寝だってのに、甘い夢も何もあるかよ。」
「しかも、隣室ではラブラブカップルがニャンニャンしてんだもんなぁ。逆に眠れないよなぁ。」
「あ? マジで? 飛鳥が来てンのか? 水曜日だってのに?」


平日は止めてくれよ、アイツ等。
ウンザリした顔で呟いて、カウンターに突っ伏すデス。
さっきまでの自分のようだと、横のデスを見下ろして、ミロはニヤニヤと笑った。
そんな二人をカウンターの向こう側から眺めていたディーテは、フッと口の端に笑みを浮かべた後、新たなカクテルをデスの前に差し出す。


「あ? こりゃ、また、さっきのに増して激甘だな。これもアマレットか?」
「そ、シシリアン・キッスというカクテルさ。お休み前のキスの代わりにね。今のキミにピッタリだろ?」
「どこがだよ、チッ。」


不機嫌そうに舌打ちし、それから、グシャリと前髪を掻き毟るデス。
今夜は店が閉まるまで、部屋には上がれねぇな、あのバカップルのせいで。
考えると更に腹が立ってきて、もう一度、舌打ちを繰り返したデスだった。


→第2話に続く


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