夢で見た赤い色をずっと探しているような
まだ小さな私の手のひらから、ぐんっと強くマフラーが引かれて離れていく。さらに強く風が吹いて、手を伸ばしても伸ばしてもマフラーに届かない。お母さんに買ってもらったお気に入りのマフラーなのに、行かないでよ、行かないで、だれか、だれか。必死に手を伸ばして風に引っ張られて遠くなるマフラーを追いかけた。ふと赤が私の前に現れて、マフラーを簡単に捕まえる。学ランから赤いパーカーのフードを覗かせたその男の子はマフラーを掴んで私に近づくと、私の小さな右手を取って、しっかりと指を折ってマフラーを握らせてくれた。

「はい、大事なマフラーなんでしょ。もう取られちゃだめだよ」

私は彼の顔を見上げて小さく1回頷いた。彼は私の顔をじっと見たあとに歯を見せてニカッと笑うと言った。

「また風にいじめられたら、おいで。お兄ちゃんが助けてあげる」

大きな手が私の頭をぽんぽんと2回撫でて

そこで目が覚めた。

またこの夢か。部屋のカーテンから朝日がチラチラと私の顔を照らしている。私の体はじっとりと季節外れな汗をかいていて、布団を剥ぎ取った。聞こえなかった目覚まし時計をちらりと見ると床に落ちて見事に乾電池が飛び出ている。スマホは充電器が抜けて電源が切れてしまっていた。

「あ〜〜〜!また寝坊した〜!!!!」

リビングから母が「朝からうるさい!早く準備しなさい!」と叫ぶ声が聞こえてくる。ベッドから飛び降り、セーラー服に袖を通す。通学カバンとカーディガンを乱暴に掴み、リビングへ走った。カバンを玄関に放って、カーディガンを羽織りながら朝食の置かれたテーブルの前に座ると母が「また寝坊したの?さっさと食べちゃいなさい」と私にパンを用意してくれた。私はそれを無理やり口に突っ込んでコップの中の牛乳で流し込んだ。テーブルに置いてあるパンを一つつまんで「いってきます!!」と家を出る。

私の朝はいつもこんな具合に毎日朝から不幸続き。今日も家を出ておきながらもう忘れ物の一つや二つしているのではないかと思いながら走る。私は小さい頃からどうも不幸ばかりが降りかかる不幸体質で、母から言わせれば"自分のドジを運のせいにしてるだけ"らしいのだが、私にはどうしても納得がいかないほどよくないことばかり起こるのだ。そうは言っても、私が抜けているのもかなり影響していると思うので、毎朝ため息をつきながら通学路をダッシュしている。

最寄りの駅が見えてきた。線路がいくつか集まっていて少し大きなその駅は、朝のこの時間すごく賑わっている。スーツを着たサラリーマンや制服を着た学生が揃って駅に向かって歩いていた。私は走ったおかげで少し余裕が出来たので駅前のコンビニに入り、飲み物と昼食を購入した。朝の冷たい風が体を冷やすので暖かいペットボトルのミルクティーを買って、キャップを捻る。が、何度力を入れてもキャップが動かない。キャップ相手に奮闘していると、右足がぐんっと後ろに引かれた。

「うわぁ!」

そのまま道のタイルに倒れる。ペットボトルを投げ出したおかげでなんとか両手で受け身を取れたので顔面を強打することは避けられた。体を起こして後ろを見ると、丁度右足のあたりのタイルが浮き上がってしまっていて、ちょっとしたその段差に足を引っ掛けてしまったことがわかった。

「お嬢ちゃん、大丈夫〜?」

頭上から声をかけられ、見上げると赤いパーカーのポケットに手を突っ込んだ男性が私のことを見下ろしていた。

「はい、これ。キミのでしょ?」

手渡されるそれは私がさっきまで握っていたペットボトルで、受け取るとまだ温かかった。

「あ、ありがとうございます」
「お嬢ちゃん、ドジッ子属性?気を付けなよ〜?」

男の人はニシシと歯を見せて笑うと、私に手を差し伸べる。私はその手に捕まるとそのまま引き上げられた。

「はやく駅行かないと。遅刻しそうなんでしょ〜?」

ハッとして駅の時計を見ると次にくる電車に乗らないとギリギリの時間だった。

「あ、ありがとうございます!行かなきゃ!」
「うんうん、早く行ったほうがいいよ」

そしてその人は私の顔をじっと覗き込むと言った。

「お嬢ちゃんさぁ…なんか困ってることあったらいつでもおいで。お兄ちゃんが助けてあげる」

大きな手でぽんぽんと私の頭を撫でた。不思議と嫌な気持ちはしない。妙に懐かしいようなそんな気分。私がボケっとしてると、男の人が私の手に何か紙を握らせて「ほら、行った行った」と私の背中を押した。最後にもう一度振り返ってお礼を言うと「あ、そうだ!あともう一つ!」と彼が叫ぶ。

「次の4分の電車には乗らずに、3番線から7分の電車に乗った方がいいよ」

そう言って笑い、手を振る彼の右足が、私が転んだタイルをぎりりと踏みつけていた。