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父が突然『島で暮らしたい』と駄々をこね出した。
言い出したら利かない父と、何でも受け入れてしまう怒らない母。
大学に通う兄は都内で独り暮らしが出来る事を喜んでいた。
高2の私は……
――――――…
『はい、南実ちゃん』
『…ありがとう…』
正直、食欲なんか無くて
私はお母さんがにこにこと渡してくれた引っ越し蕎麦を半分以上残してしまった。
お父さんは憧れの島暮らしが始まった事に上機嫌でテレビを見ていて、住み慣れた場所や大切な友達から私を切り離したのに笑ってるから内心腹が立つ。
『ごちそうさま…』
『あら、もういらないの?』
『うん…お風呂入って寝るよ、おやすみなさい。』
お母さんは心配そうにしていた。
明日から新しい学校か…そう思うだけで手に汗をかく。
(…どうしよう、いじめとかないよね…? )
真っ白な壁に四角い天窓の付いた私の新しい部屋。私はベッドに潜って天窓から見える沢山の星を眺める。
とても素敵な所だけど心の底から喜べない。明日が来なくても良いなんて思ったら罰当たりかな。
『………はぁ…』
盛大にため息をついて寝返りをうつ。…思った通り、その日はなかなか眠れなかった。
『行ってきます…』
転校初日。自転車で初めて通る道は知らない風景で、この島に一つしかない私が通う高校は島の内陸の高台にある。
『……………暑っつ……』
坂ばっかりでヘトヘトになった私は自転車を押して坂道を歩いた。少し見晴らしが良いところまで来ると遠くにごつごつ岩の断崖絶壁。その下に海が見える。
その景色はとても壮大で、豊かな自然は好きになれそう。でも、こんなキツイ通学でやっていけるんだろうか…小さな不安を抱きながら、坂道がなだらかになった所で私は再び自転車にまたがった。
私がよたよたと自転車を漕いでいる間に、何台かの自動車や軽トラが追い越していく。サイドミラー越しに私をちらりと見ていく人々は、あからさまに『よそ者だ』と言う顔をしていった。
(…好きで来たんじゃないんですけどね!)
ひいひい言いながら、学校の手前の十字路に着く。
赤信号で止まっている私の反対側にはコンビニっぽいお店があって広い駐車場。
同じ制服を来てる女の子達が店から出てくると、何故か私は目をそらしてしまった。
(…私…友達できるかなぁ…)
前の学校でもあんまり友達沢山いた方じゃないし…朝から何回目だろうか、大きなため息がもれた。
地面を見つめていると視界の隅っこに黒いローファーがちょん、と見える。
見てみると隣には男の子が同じ様に信号待ちをしている。
ふわふわそうな癖毛
まだ衣更えの日じゃないけど既に腕捲りしたシャツ姿で、スクバからくしゃくしゃにされた学ランの袖が出てて、そのスクバの持ち手に腕を通して…リュックみたいにしてる。
手にはチューブタイプのアイスを持って、はむはむと幸せそうに頬張っていた。
同じ学校…だよね?
朝からアイス?変なの。
『?』
じっと見ていたのを気づかれて男の子と目がバッチリ合ってしまう。
(うわっ、恥ずかしい…早く青になれ〜)
私はさっと信号の方に向き直した。
『これ欲しいんか?』
話しかけちゃうの!?
『え?いや…』
しどろもどろな私の返答も待たずに男の子は袋からもう一本のアイスを取り出して私にくれた。
『ほれ』
『あ、ありがとう…』
なんで断らないの私!?
なんとなくアイスを受け取って、私が自転車のハンドルを肘で押さえてアイスを開けようとしたらすごいタイミングで信号が青になった。
『あ、う、えと…』
慌てているとアイスをくれた男の子がハンドルを預かってくれる。
『あ、ごめんなさい!』
『ええよ、気にせんと早よう食べてしまえ。』
『あ、はい…』
お行儀が悪いかもしれないけど、信号を歩きながらアイスを開けて、私の自転車を押してくれる男の子の後ろを歩く。
アイスは汗だくの私の体にひんやりと染み込んだ。
(あ〜…生き返るぅ…)
100%脱力した顔をしていると、横断歩道を渡りきった所で男の子は待っていてくれてた。
『…にしし』
笑われてしまった。よっぽと気の抜けた顔してたんだな、今。
それにしても
(…人懐っこい笑顔)
『さ、後ろ後ろ』
男の子はサドルにまたがると、私に後ろに乗れと言って来た。
『………ええっ!無理無理無理無理無理無理っ!』
『なんでじゃあ?あぁ!ほれ、早ようせんと遅刻じゃよ!』
『あ、あぁ…!』
私は初めて会った男の子に腕を引かれて背中に捕まって後ろに乗った。
(は…恥ずかしすぎる…!)
パタパタと風を受ける男の子のシャツと後ろ髪。
なんだか不思議な匂いがした。
(この匂い…何だっけ?)
―――――…
『あっれー?龍馬さんどうしたんッスかぁー?』
『いやぁ、ちくとそこでなぁ』
『きゃあー!龍馬くん!?彼女出来たの?』
『な!違うて!』
校舎に入ってからは私たちは大注目の嵐で、登校中のみんなが目の前の男の子を『龍馬』と呼んで声を掛けていく。
私は俯いて真っ赤な顔を隠すのが精一杯だった。
それをまったく気にしてない男の子はキコキコ自転車を漕ぎながら私に話しかけてくれる。
『おまん、転校生じゃろ?』
『!…そう、です…』
『3年の坂本龍馬じゃ』
『わ、私は川本 南実です。』
『川本さんか、宜しゅう!』
『きゃっ』
キッっと突然ブレーキがかかったので私は龍馬さんの体に思い切りしがみついてしまう。
暖かくて、広い背中…それが心地よくて、私は一瞬だけどぽぅっとしてしまった。
(…これじゃ、抱きついちゃったみたいだよっ、恥ずかしい…)
パッと体を離す。
顔がもう熱くてどうしたらいいのかわかんない…
『あ、川本さんここが駐輪場ぜよ』
『あ、ありがとうございます』
う、全然気にしてないや…
自転車を受け取ってからからと押しながら停める場所を探していると私の目の前に誰かが立ちはだかったのが見えた。
『…君、転校生だね?』
『は、はい…』
何だろう…凄い怖い顔してる…。
『名前は?』
『えっ、あ…』
私を見下ろすようにしてる凄い威圧感。上下真っ白い学ランを着ている…整った顔立ちをしているけど表情が無いから冷たそうに見える。長めの黒髪が太陽に当たってツヤツヤと光ってる。
制服を着てるからここの生徒なんだろうけど…何者なんだろう。私はとりあえず質問に答える。
『川本さん、ね。』
白い学ランの人は私の名前を聞くと何かメモをとっている。
『転校したてで慣れるまで大変だと思うが、頑張ってください。僕も出来る限り協力します。』
『はい、ありがとうございます…』
あれ?見かけは冷たそうだけどけっこういい人…なのかな?
『しかし…』
『?』
『初日に二人乗りでやって来るとは、感心できませんね…』
そう言うとギンッと怖い顔で睨まれる。
(……こ…怖いんですけど……!)
そして白い学ランの人からメモのような物を差し出された。
『反省文をレポート用紙3枚、明日の朝までに提出しなさい。』
『……ええっ!?』
うそ!?…そんな厳しいの?…なんか学校を好きになれる自信が無くなってきた。がっくりと肩を落とした私にその人は言う。
『自転車の二人乗りは道路交通法違反。本来なら反省文だけでは済まされない事です。…何か不満でも?』
『……いえ、ありません』
そんなこと言われたら何も言えないよ…
ってか、言われなくてもいけない事だって分かってる。
罰はちゃんと受けるけど…しょんぼりする事も許されないって事?
『よろしい…担任には私から伝えておきます。
僕は、3ーAの武市半平太。生徒会長だ。』
『せ、生徒会長さん?』
『よろしく。』
なんか偉そうだとは思ったけど…生徒会長さんか。
『あ!武市!おまん川本さんになんしちょうが!』
私の後ろからやって来た龍馬さんが白い学ランの人…武市さんに何か文句を言ってる。その武市さんは表情を一つも変えずに私を横切って行った。
『お前もだ、龍馬』
『のわっ』
そして私と同じメモをパシッと龍馬さんのおでこに張り付けるように渡す。
『……なんでじゃあ!?』
その渡されたメモを見ながら龍馬さんが叫んだ。
『良いじゃないか、毎年やっている事なんだから。さ、間もなく予鈴が鳴る。君は、まず職員室に行きなさい。』
『あっ、はい。』
武市さんはそのまま去ってしまう。
立ち振舞いもなんだか凛としていて、近寄りがたい感じがする。
『毎年っちゅうても一人ではやらんわ!』
そう言って龍馬さんは盛大にため息をついてしゃがみ込む。よっぽど大変な事なのかな…なんだか私のせいで申し訳ないな。
『…龍馬さん、すみません、私のせいで…。』
うずくまる龍馬さんは私の顔を見るとニシシと笑ってくれた。
『ん?ええよぉ…今、おまんに名前で呼んでもろうたし。』
『あっ』
みんなが名前で呼んでたからつい…。
『これからも下ん名前で呼んでくれんかの?みんなもそうじゃき』
『…はいっ』
私はなんだか耳がポッポと暑くて龍馬さんの顔を真っ直ぐ見れなかった。
―――――――…
『川本さん、担任の桂です。国語を教えています。』
龍馬さんに職員室まで案内してもらって会った担任の桂先生は、すっごく美人な………男の先生。
黒いポロシャツと細身のチノパン…というラフな格好の中にきちんと感があっておしゃれだなぁって思う。
『武市君から聞いたよ、君は結構おてんばさんなのかな?』
『す、すみません…』
私はペコペコと何回も謝った。なんか今日は謝ってばっかりだなぁ…
すると桂先生は私が武市さんから受け取ったメモに印鑑をぽんと押してくれる。
『反省したんだよね?』
『…はい』
『ふむ。ではレポート提出は無しにします。』
『…えっ?良いんですか?』
『うん、今回はね。私も読むの面倒だし』
先生なのに面倒とか言ってるけど、助かったかも…
『でも、そしたらりょ…坂本さんだけ罰を受けた事に…』
私は自分だけが助かったみたいで、それが嫌だった。
職員室から出て廊下を歩く先生の後ろを追いかけながらその背中に言ってみる。すると先生は少し振り向いて驚いた様な顔をした。
『君は優しい子だね』
ぽんと頭を撫でられる。
『でも大丈夫だよ。
坂本君の罰は部活動で、もともとやる事だから』
『そうなんですか?』
『うん、まぁしかし…一人ではやはり大変かな…
じゃあさ…レポートの代わりに、川本さんが坂本君の手伝いをするってのはどうかな?』
『……ん?』
『うん!それが良い!』
……そうして放課後、私は龍馬さんのお手伝いをする為に体育館に向かった。
―続く―
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