あやかしの黒い百合3

愛しい体を抱き締めようとシーツを手繰る。だがひんやりとした感触が続くだけで彼の人はいなかった。
「クラウドっ」
一気に意識が覚醒する。がばりと起き上がり辺りを見回しても誰もいかなった。
「……あ」
そういえば、と昨夜の電話を思い出す。朝早くから学会の打ち合わせがあるんだった。スコールは緩慢な動きでベッドから下りてリビングに向かった。テーブルには案の定仕事に向かう旨のメモがあった。
コーヒーでも飲もうかとキッチンに向かう。コーヒーメーカーをセットしながら今日は何も予定がなかったことを思い出す。だからこそ昨夜は満足するまでクラウドを抱いた。本当なら今日も大半をベッドの中で過ごすはずだった。時間を気にせず眠くなったら寝て、飽きたら起きて。手の届く距離にクラウドがいるということは幸せなことだ。そんな休日も今は幻だが。
クラウドが側にいなければ本当につまらない。急に時間をもて余してしまう。スコールの頭に一つの考えが浮かんだ。ここにクラウドがいないなら、自分がクラウドの元に行けばいいのだ。時計を見ると10時を過ぎていた。昼飯でも買って行ってやろう。仕事の手伝いができるかどうかは分からないが邪魔にはならないだろう。
スコールはコーヒーを飲み干すとシャワーを浴びて身支度を始めた。財布をポケットに突っ込むと部屋を出る。何を買って行こうか。手軽につまめるサンドイッチがいいだろうか。それとも気分転換に仕事から離れてしっかり食べるかもしれない。
クラウドとのランチに思いを馳せながらマンションを出るとどこからか焼きたてのパンの匂いがしてきた。そういえばバッツが最近この辺にパン屋ができたのだと言っていた。新しいもの好きのバッツらしく早速行ってきたようで、あれが美味かっただの焼き上がりの時間がどうのと情報を集めていた。それを聞いていたクラウドも興味を持ったようだったのを思い出し、匂いを頼りにパン屋を探す。
住宅街の中にぽつりとできたそのパン屋はピンクの屋根の可愛らしい外観だった。中に入るとそれなりに混んでいて、新しいパンが焼き上がる度に人が群がっていた。
スコールは昼食になりそうなものを数点選ぶとショーケースの前で足を止めた。フルーツが見た目にも鮮やかなタルトが並んでいる。宝石のように光輝くフルーツにかかるパウダーシュガーが淡い雰囲気を纏っている。それを見ていたらクラウドの喜ぶ顔が浮かんだ。
結局パンとタルトを買いスコールは大学へ向かった。休日の学内は人も疎らでいつもより広く感じた。クラウドが詰めている準備室へと向かう。だが鍵がかかっていて開いていなかった。
「クラウド?」
ノックをしても返事はない。仕事をするならここにいるはずだ。ないとは思いつつ院の研究室に向かう。スコールは言い様のない不安を感じていた。

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