師弟

セフィロスの認識は自分とそれ以外しかない。それ以外には興味はない。この世は色のない、つまらない世界だった。その世界に色をもたらしたのはまだ少年の域を抜けきらないあどけないチョコボだ。彼を初めて見た日、自分とそれ以外の他にクラウドというカテゴリが追加されたのだった。
講義が終わると学生達はすぐに教室を出ていく。クラウドだけがノートを整理して残っていた。それを承知で黒板を消そうとするとクラウドがあ、と声を上げる。
「何だ、まだ板書が終わってなかったのか」
「すみません…」
「終わったら消しておけ」
ハイ、とクラウドは頷くとまたノートに向かった。その様子を見ながらゆっくりとテキストを片付ける。板書が終わり黒板を消しに来たクラウドの頭をぽんと撫でてから教室を出るとこちらを見たまま固まっていた。
それから授業が終わると黒板を消さずに残しておき、板書を終えたクラウドが消しに来るのが恒例になった。何度目かの授業の後、教室に二人きりになった時にセフィロスが動いた。
「お前、名前は?」
「クラウドです」
見上げた顔はほんのりと色付いている。輝く瞳を見て、この希望に満ちた眼を絶望に歪めてやりたいと思った。
「この後の授業は?」
「今日は終わりです」
「なら少し付き合え。助手が足りない」
「っ、はいっ」
少し興奮気味にひょこひょこと後ろを付いてくるクラウドは本当に愛らしい。研究室に連れて入ると嬉しそうにこちらを見上げていた。
「クラウド」
「はい」
学生が呼び掛けに応えた、ただそれだけのことなのに腹の底がざわつく。来客用のソファーに座らせてコーヒーを出すとカチャカチャと音を立ててぎこちなく持ち上げた。セフィロスを見上げるきらきらした瞳もちょこんとソファーに座る様子も音が聞こえるようで面白い。本人は口数少ないのに存在感は大きい。
「あの…」
「何だ」
「何をしたらいいんでしょうか」
「…」
セフィロスは考えた。手伝えと連れてきた手前何かしら仕事を与えなければならない。入力などという会話もなく地味な作業ではなく、もっと話も弾み時間のかかる業務を。
「そうだな…とりあえず資料の整理を頼もうか」
セフィロスは机の上を指差した。本や論文の束が微妙なバランスで積み上がっている。どこに何があるのか分かっているからあのままでも支障はない。だがそこを片付ければクラウドが作業するスペースができる。資料の分類の仕方を簡単に教えると手際良く片付けていく。なるほど要領は良いようだ。だが時折じっと本の表紙を眺めてはため息をつくのが気になった。
「どうした」
「あ、いえ…」
びくりと肩を震わせてクラウドは本を本棚に入れた。何かを隠しているように見えて苛ついた。思わず乱暴に顎を持ち上げる。
「何だ、言え」
ひく、とクラウドの息が止まる。怯えを含んだ眼差しに心が満たされていくのが分かった。顎を持ち上げた手を首にかける。白いそれは男のものとは思えないほど細かった。これを力の限り握り潰したらどうなるだろう。目の前の美しい顔がその瞳に自分を映したまま苦痛に歪む様子を想像し目眩を覚えた。クラウドの表情の甘美なこと。さあ、この手にほんの少し力を込めるだけでいい。
「本が」
クラウドが口を開く。その瞬間セフィロスは我に返った。今、何をしようとしていたのだろう。
「図書館で貸出禁止の本がたくさんあったから、その…」
読んでみたいと思って。最後は消え入りそうな声で何とか伝えたクラウドはすっかり怯えていた。セフィロスは首を掴んでいた手をクラウドの頭に乗せた。
「ならここで読んだらいい。歓迎しよう」
ぱあ、とクラウドの顔が晴れる。真っ直ぐに向けられた純粋な眼差しに加虐心だけではない何かが芽生えたのにセフィロスは気付かなかった。

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