初めての授業

同じ大学とはいえクラウドの専攻とは違う学部を選んだことは後悔していない。互いを尊重しあっているから相手が何を学ぼうが気にしない。ただ、どういうものなのかは気になった。とりあえず何でも受講してみようというティーダに連れられて入った教室は人もまばらだった。二人は後ろのドア近くの席に座ることにした。スコールはシラバスを捲った。担当教員はセフィロス教授だ。写真からは冷たそうな印象を受ける。まだ入学したての身にも厳しくなかなか単位が取れないという噂が届いている。同じ講義が見た目は厳ついが優しいと評判のゴルベーザ教授でもあるから大抵の学生はそちらを選ぶらしい。落として困る単位ではないからスコールにはどちらでも構わなかった。
「何だかワクワクするっスね」
「…別に」
ティーダも自分の学部には関係のない講義だ。ただ大学生という雰囲気を楽しみたいのだろう。
「よお」
後ろから肩を叩かれ振り返るとバッツが座っていた。確かこいつも全く畑違いの分野だったような気がするが。
「知り合いっスか?」
「近所の上級生だ」
「4年のバッツだ。よろしくな」
「ティーダっス」
二人は握手を交わしすぐに世間話を始めた。似たようなタイプだから仲良くなるだろう。そういえば、とバッツがニヤニヤ笑いながらスコールの手元のシラバスを指差した。
「一年の癖にセフィロス教授の講義を取るなんて噂を知らないのかよほど自信があるのか。…まあスコールは自信ありそうだな」
「そういうあんたはどうなんだ」
「俺?俺はちょっと、な…」
意味ありげに笑うバッツを追及しようと口を開きかけた瞬間、前のドアが開いた。先生が来たから前を向けと言われて話すタイミングを失ったが、入ってきた教官を見て今度は言葉を失った。
淡いハニーブロンドに透き通るような白い肌。細身のスーツは腰のラインを強調している。メガネの奥の青い瞳は穏やかな光を湛えていた。なぜここに彼が。そんな疑問だけがスコールの頭の中をぐるぐると駆け巡る。彼は教壇に立つとマイクのスイッチを入れてとんとんと叩いた。
「えー…」
ざわつく教室に少し緊張した声が響くとしんと静まり返った。皆教官を凝視している。
「本当ならセフィロス教授の授業ですが、教授が多忙のため代わりにこの授業を担当することになりました助手のクラウドです」
疑問はクラウドが解決してくれたが、言葉が頭に入ってこない。一体何が起こっているのだろう。
「申し訳ないからセフィロス教授の授業を受けたかった人は帰ってもいいよ」
だが誰も席を立とうとはしなかった。隣のティーダがぶるぶると震えだす。気分でも悪いのかと見ると急に立ち上がり叫んだ。
「見つけたっス」
「え…?ああティーダ、よく来たな」
「覚えててくれたんスか?」
笑顔でこくりと頷くクラウドに感激したようで、ティーダはそれ以上何も言えないまま立ち尽くしていた。さて、とクラウドは教室を見回した。
「この授業は概論だから歴史が多くてつまらないと思う。でもこの分野を知る入り口になるからぜひ知っていてほしい」
そして年間の予定を大まかに話すと最後に質問を受け付けた。クラウドの説明には不足はない。質問など上がらないと思ったが後ろのバッツが手を挙げた。
「はい、はーい」
「あ…バッツ?」
どうぞ、とクラウドが促すとバッツは立ち上がり咳払いを一つした。その顔が何かを企んでいるように見えたのはスコールの間違いではなかった。
「クラウド先生って、恋人いるんですか?」
「なっ…」
教壇のクラウドはもちろん、スコールまでが驚いてバッツを見た。バッツが知らないはずがない。二人を会わせたのは他ならないバッツだ。今でも二人の仲を気にかけてくれている。
「いないんスか?」
俄然元気になったティーダが興奮気味に身を乗り出す。そういえばこいつはクラウドの色香にやられて必死に探していたんだった。
「いないなら、俺立候補するっス」
「おー、クラウドモテるな」
バッツが無責任に囃し立てる。よく見るとティーダだけでなく、教室中が色めき立っていた。クラウドは真っ赤になりながら後退った。熱を帯びた異様な空気に怖じ気付いたのかもしれない。
「バッツ…」
低く唸りながらバッツを睨み付けても、赤い顔ではあまり迫力はない。それどころか恥じらいを含んで艶っぽいだけだ。
「立候補者もいるけどどうなの?」
容赦ない突っ込みにクラウドが震える。だが意を決したように顔を上げるとはっきりとした口調で断言した。
「いるよ」
当然だと言い切るクラウドにバッツが喜んで手を叩く。それとは対照に教室の空気がトーンダウンする。啜り泣きも聞こえてきてちょっとした地獄絵図だ。隣のティーダはと言えば真っ白に燃え尽きていた。本気でクラウドを狙っていたのかと思うと、今はっきりして良かったと思う。…と、ここで終われば良い牽制で済んだのだが、やっぱりバッツは一味違った。
「恋人って誰?」
「誰ってお前…」
知ってるだろうと突っ込みたいが大勢のギャラリーの手前言うことができない。だがクラウドも伊達にバッツの友人をやっているわけではない。一度やられたら二度は同じ手を食うほど間抜けでもなかった。鮮やかなほど綺麗な笑顔を作り人差し指を口元に当ててウインクをする。
「ふふ…ヒミツ」
その顔にスコールまでもが見惚れた。ぽかんと口を開けて見下ろす学生達を不敵な笑みで一蹴するとクラウドは教科書を纏めた。
「みんなの履修を待ってます。今日はこれでおしまい」
そして颯爽と教室を去った。静寂に包まれていた教室から歓声が上がる。隣のティーダも机の上に立ち雄叫びを上げていた。スコールは恨みがましい目でバッツを見た。周囲の様子に笑い転げている。クラウドと巡り会えたのは彼のお陰だが、今日のこの瞬間だけは恨まざるを得ない。だがこの先もバッツに苦しめられることになろうとは知るよしもなかった。

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