13Q 2
(そういうことだったのかよ……。しらがが怪我を関係なしにキセキの世代に強くこだわってんのも、バスケに力注ぎ込んでんのも。バスケが大好きで、どーしようもなく負けず嫌いってことかよ)

――理論だ戦術だ、緻密な技術だ、と体当たり的側面の強い自分とは確かにしらがの性質は違うかもしれない。でも、大元は俺とまったく同じじゃないか、と。火神は思った。

 火神は、白美の話が終わってからも、白美の事について更衣しながらずっと考えていた。
 とはいえ習慣とは恐ろしいもので、作業の手が鈍ることはなく、周りで1人また1人と部員が更衣室を去っていくのに合わせて火神も何時の間にやら、更衣室を後にしていた。

 いつも通り体育館を出ると、汗にべたつく貌を洗うために屋外の流し場の蛇口をひねる。

(でも、黒子と俺じゃねえけど、怪我もあるし元々のスペックもあるし、喰らいつけたとしても、しらがも1人じゃキセキに『勝て』ない……)

――だから、しらがの想いを、努力を。自分もわけてもらって背負おう。そんで、一緒に、勝つ。

 水に濡れながら、火神は目をカッと開いた。
 白美のバスケに、言葉に、過去に、1人ひっそりと共戦と勝利を誓う。

 そうして蛇口をしめ、濡れた短髪と顔を片手で拭えば、色付き始めた空の下で風がふっと肌を撫でた。
 ひやりとした感触が、部活時の熱の名残を冷まして気持ちがよかった。
 
 大きく息を吐き、ぐっと背中を伸ばす。
 それから火神はしゃがむと、コンクリートの地面に無造作に置いたバッグのファスナーを開けて中に手を突っ込んだ。

「ん?」

 ふと眉を寄せ、手でバッグの中を数度かき混ぜる。
 けれど、求めるそれは見つからない。

「ん、タオルどこいきやがった――」

 火神は怪訝な顔つきになって、バッグをぐっと自分に引き寄せた。
 ファスナーを全開にし、中身を覗き込む。
 腕を突っ込み、中身をかき回すこと数度。

「ッチ、部室に忘れたのかよ」

 火神は、小さく舌打ちをして肩を竦めると、ファスナーを閉じてバッグを持ち上げ立ち上がった。
 タオルは、やはり鞄に入っていなかったのだ。

 大方、部室に忘れたのだろうと結論付け、今来たばかりの道を、「しまった」と思いながら戻る。
 忘れ物をするなんてミスをしたのは、自分が自分の想像以上にしらがの事で頭いっぱいだったからだろう、というのはわかっていた。

「橙野 白美」という存在が、自分がバスケをやっていくのにおいて何時の間にか大きな存在になっていたということにも、今日、気付かされたと思う。
 それは恐らく自分だけではなくて、他の部員も同じなのだろうな、ということも考えた。

 しかしそれにしても――。

「あー、なんか貌スースーするわ……」

 火神は首をゴキ、ゴキ、と伸ばしながら、濡れたままの頭部にはしる冷たい感覚に、ポツリ。ぼやいた。





 体育館に入り、更衣室に続く廊下を曲がった時。
 火神は、普段つかわない階段の陰に、よく見知った姿を見つけた。

「まぁ――ですが――いや」

 もうとっくに帰ったと思っていた白美が、長い白髪を肩から胸に流し、珍しく壁に凭れ掛かって身体を軽く「く」の字に曲げ、足を組み、何やら喋っている。
 スマートフォンを耳にあてているから、通話中らしい。

 ただ、火神はその白美のいつもとは違う「何か」を瞬時に感じ取った。

「……しらが?」

 咄嗟に尋ねる。
 一瞬、白美と火神がいる空間の時間が凍りつき、しかし直ぐにとけた。

「……、すみません、また後ほど」

 白美は、火神が今しがた聞いたそれとは違う、いつもの静かなトーンで電話の相手に告げた。
 そうして、スマホを軽く操作してから制服のポケットにしまうと、壁から背中を離して姿勢を正す。

「マネージャーとして片付けをしてる最中に電話がかかってきてさ、トレーニングをみてくれてる人と話をしてたんだ。――あれ、火神。頭が濡れてるけど」

 白美は、暗がりから火神の側に進み出てそう言うと、いつも通り柔らかく微笑んだ。

「……え、ああ」

「それにしても、火神、部室に戻るの? 自分はまだバッグとか置いてあるから、開いてるけど」

 思い出したように貌を手で擦る火神に、白美は首を傾げて尋ねる。

「まぁ……」

 そうすれば、なんだか適当な返事が返ってきたので、白美は「そう」と微笑むと部室に向かって歩き出した。

 火神は黙って、スタスタと自分の先を歩く白美を追い、自分も歩き出す。
 ただし、火神はまるで試合中相手を見る時のような、鋭い視線を白美の背中にぶつけていた。

(しらが――?)

 一瞬、白美がこぼした変化を目の当たりにしてしまった火神は今現在、これで普通であるはずの白美の様子に、何故か腑に落ちない違和感を覚えていた。
 
(しまったな……、うっわ、すっげえ視線感じる)
  
 正直、居心地も空気も悪い。
 白美も白美で、性質上そういうものには敏感だ。後ろから突き刺さる注意には否応も無く気が付いていた。
 でも今、火神がどんな目と表情を自分に向けているのかは流石にわからない。こういう時、後ろにも目があればいいと常々思う。
 今できるのは、電話しているところを見られたことに起因するこの不穏な空気を、さりげなくうやむやにして流してしまうことだ。

 白美は考えた。そして、先程黒子が、部室に忘れ物だと戻ってきたのを思い出す。
 黒子は今はまだ、部室の中にいるだろう。

 白美は、「それで――」と呟いて、暫く溜めた。
 その間に部室のドアの前まで早足で寄り、扉に手をかけて火神を振り返る。

 薄暗い中に火神がそびえる姿が見えたが、まだよかった。
 火神の表情は訝しげなだけだった。

 白美は少し肩の力が抜けるのを感じながら、扉に手をかけた。

「それで、火神は部室に一体何しにきたの?」

「あぁ……」

 火神は白美の質問を受けて、濡れた頭をぽりぽりと掻くと、一つため息をついた。
 自分の小さな失態を話すのが、なんだか恥ずかしくやりにくい事に思えたからだ。
 それは、失態をおかした根本に、質問をしている白美自身があったからなおさらだろう。

 言いよどんでいると、白美が扉を開き、火神を先に入る様に進めた。

「はい、どうぞ」

「ああ、悪ぃ。あー、大したことじゃねんだけど……いや、ちょっと、タオル忘れた」

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