12Q 3
 ハーフタイム。

 給水をしたり、汗を拭いたりと休憩する2年達は、皆余裕のない表情をしていた。
 原因は、1年チームでプレイする白美、そのプレイにある――「気持ち悪い何か」。

 理由はわからないが、なんとも息の詰まる様なやりにくさもある。
 彼等は前半を使って、その正体が白美の誠実なプレイに盛り込まれた特有のリズムだとみていたが、実際の所はまだわからない。

「やっべぇ、なぁ、マジでやりにくくね? なんつーか、身体の疲労はそれほどでもないのに、すっげえ疲れた気がするっていうか」

「あぁ、橙野は誠実で無駄のないプレイをしているように思ったんだが、やっぱり何かリズムというか、『癖』みたいなのがあるとみていいと思う。無意識のうちに、それに感覚のベクトルをずらされてるんじゃないかな」

「嗚呼、それを後半で見抜かねぇといけない、ってとこか。……っつか、マジでやりにくいっつか、気分悪いわ。7点差なのに、全然縮まんねぇ感じ」

 日向は溜息がちにそうはいったものの、自分でも白美のリズムとやらを果たして本当に見抜けるのか自信が無かった。
 一体あの型にはまった動きのどこに、そんな要素があるのか。

「あぁ〜、どうしようむかむかするよ水戸部〜」

「ふぉんとだよ」

「体当たりの火神とはまるで違う――橙野、相当めんどくさい相手だぞ、マジで」

「まずは7点、追いつきたいよね」

「ああ」

「そうだな」

 小金井の言葉に水戸部が頷き、伊月や日向も、反対側で給水している白美の横顔を眺めながら、それに同意した。
 そうしてハーフタイムもそろそろ終盤、日向達は額を寄せ合い、後半戦の戦いかたを共有する。

「お前ら、まずは橙野のリズムを見極めるとっからいくぞ」

「おう」

「先輩の意地、みせてやっぞ!」

「おう!」






 一方、1年チームでは不穏な空気に険しい顔をする2年とは対照的に、白美がいつも通りの柔らかい笑顔を振りまいていた。

 「何か違和感あるけど先輩を押せている、橙野のお陰だ」と喜ぶ1年3人に、白美は「そんなことはないよ、皆の力あってこそだよ」と優しく声をかける。

 更に、なんだか気持ち悪いバスケは一体どうなっているのだ、と尋ねる降旗や福田他に、口角をにっとあげて耳打ちまでした。

「あの『気持ち悪さの正体』タネ、小手先の小細工といったところだよ。一つ一つの動きに、微かなリズムの変化というか、ノイズを入れる――それによって、微かな違和感を醸し、相手の動きを鈍らせる。更にそれを募らせることで相手を精神的に追い詰める――さしずめそんな戦法かな」

 それを聞いた3人は驚きにあんぐりと口を開けた。

「……、そういわれても、実際わけわかんねぇ」

「やっぱすげえ、帝光一軍――ってか、え、小手先の小細工なの、それ?」

「なんか頭混乱してきそう……」

 口々に畏敬の言葉白美に向ける。
 白美は「そんなことないよ、練習すればできるよ」と肩を竦めて笑ってみせた。

 だが白美は、そろそろハーフタイムも終わりという頃、和んだ空気を打ち破って彼等に急に真面目な顔をしてみせた。

「でも、そろそろ先輩たちもそれに気付いてる頃――この先見破られる事と先輩たちのリズムを崩すことさえあれど、それ以上は何もない。――この試合はある意味、自分のスキルをみせるための試合。後半はこの戦法を捨てて、もっと単純明快なバスケに切り替えようと思うんだけど、どうかな。火神もイライラしちゃってるみたいだし」

 白美は尋ねる。
 が、質問の意味がイマイチよくわからず、3人はそれぞれ貌を見合わせた。

 白美は、そんな彼等を見るとクスッと笑って一言発する。
――「まぁ、後半スピードあげるから、ついてこい」と。


 その傍らで、黒子はずっと空気に徹していた。
 徹して、驚きと敬意に満ちた表情で白美の貌をじっと見ていた。

(やっぱり、橙野くんも――進化してる)

 以前は確実に持っていなかったものを、白美は今、確実に持っているのだと気が付き、だからこそ同時に小さく身震いをした。





 そうして、1年対2年のミニゲーム後半戦が始まった。

 だが、始まって早々2年衆やリコ、火神は激しく驚く事となる。
 予期していた妙な違和感や誠実なはずなのに何かが違うプレイが、すっかり1年の攻撃から消えたからだ。
 それどころか、1年の動くテンポがまるで火神が居る時のそれのように、前半から数段と高まっていたのだ。

 その原因中心は、黒子。そして、この試合の主役である白美だ。
 なんと驚くべきことに、ここへきて白美の動きが無駄も隙もない誠実なそれから、火神のそれに似通った力強く勢いに溢れるものに変化したのだ。
 力任せということではないが、非常にパワフルなプレイ。 

 華麗なドライブ、フェイクを織り交ぜたハンドリング。
 巧みなフットワークに、素早いパス。
 極め付けは――強烈なダンク。

 止まらない、止められない。

 それらもさることながら、ブロックやスティール、パスカットその他、抜こうにも抜けない。
 ディフェンスも、並じゃない。

「おいおい嘘だろ……!」

 今目の前で繰り広げられているのは。

「まるで、火神と黒子の連携――!?」

(気持ち悪さがなくなったと思ったら――こんなんアリかよ!? まるで別人のプレイだぞ!!)

(橙野、マジかよ!?)

 2年は呆気に取られつつ負けじと点を入れるも、直ぐに白美の手によって入れ返される。

 翻弄され、また更に翻弄された結果、精神的ダメージの上に、身体的なキツさも加わり、大変なことこの上無い。
 最早このあまりに変則的な試合展開に、2年生たちは完全に流れを1年に――白美に持って行かれていた。

 結果。

 スコア、45-38。

 7点差で、ミニゲームは白美のいる1年側の勝利に終わった。





「やった! 勝った!!!!」

「すげえよ橙野!! 復帰早々これかよ!?」

 試合が終わって、まだ熱気の名残がコートに漂う中、真っ先に福田と降旗が喜びの声を白美に向けた。
 しかし、当然負けた2年もだが、白美や黒子のテンションはどちらかというと彼等とは対称的に左程高くはなかった。

 2年衆は息も絶え絶えに白美をそろって凝視している。
 もう試合は終わったというのに、その表情からは、動揺と驚きが今だぬぐえない。

「っちょ、いや、マジで橙野、え?」

「――火神とやりあえるとか言ってたけど……、あれガチかよ。橙野も火神並みに、即戦力どころかマジ化け物じゃねえか」

 日向は「かなわねぇ」と汗が光る短髪をタオルでぐしゃぐしゃにした。

「それにしても、果たして橙野は火神と違って頭脳派、かなり頭のキレるプレイヤーみたいだな」

 ふと、伊月が言った。
 と、それが直ぐ近くでリコと共に唖然と白美を眺めていた火神の耳に偶然届いてしまったらしい。

「っは、い、伊月先輩! それどういうことだよ、――です!」

 火神は「じゃあ俺はきれないんスか!」と伊月に詰め寄った。
 伊月はしまったと後ずさり、「そういうことじゃなくって」と弁解するのだが、火神は聞こうとしない。
 終いには、「俺だって考えるプレーくらい」と抜かす。

 これには日向たちも苦笑いし、リコは頭を押さえた。

(火神の奴、橙野くんにいっぱしに闘志燃やしちゃってるじゃないのよ……)

 リコは、火神の隣で試合観戦をしていたからわかった。
 後半、白美が急にプレイスタイルを変えてから、火神の発する気がまるで変わったのだ。
 最早、今までのマネージャーとしての白美の姿は過去のもの、火神の目に白美は例えばキセキの世代天才たちのように、火神にとっての同等から格上のライバルとして映っているのだと、ハッキリわかった。

 火神は、そうしてリコに「1on1の準備でもしておいたら?」と声をかけられて漸く伊月から剥がれた。
 ボールを持ち、1年チームで何やら話しているらしい白美を横目に、シュートやら何やらを始めたのだった。

 しかし、先程まで2年達の間に流れていたどこか陰った雰囲気は、「やっと少し静かになった」などと火神のお陰で生まれた笑いにより、この時一時は和んだ。

「全く、火神は仕方ねぇなぁ」

「単純っつか、バスケバカっつか? まぁ、そこが良い所なんだけどねー」

 あんなんだし怖いしヤバいしだが、つまるところは可愛い後輩である、日向や小金井は火神を眺めて頬を緩めた。
 だが、実戦でゲームメイクを行うPG伊月の表情は、彼等と違って引き締まっていた。

「……、それに比べて、橙野はなんていうんだろう、本当に凄く頭を使ってバスケをしてたと思ったんだけど。計算ずく、というか。PFというよりは、やってることはPGだ」

 日向は伊月の言葉を受け取って数拍考え、うんうんと首を揺らす。

「……あぁ、それは俺も思った。後はなんつーか、マジで慣れてるってのも思ったわ。隙も全然ねぇ。根本的にハーフタイム挟んでのスタイルの変化は無論何か意味があってのことだろうし、後半みたいなプレイができる上での、前半の誠実で丁寧だけど気持ち悪いアレなんか、特にそうだ。まず第一に、あそこまで基本に忠実なプレイはそうそうできるもんじゃない。加えて、そこに独特のリズムを混ぜるとしたら……」

「橙野 白美。――想像以上の力を持ってるわね」

 リコの言葉に、2年達は各々真面目くさった顔で同意した。
 と、沈黙の中で、先程から4人より一段と険しい顔で黙り込んでいた土田が、おもむろに4人の貌を見回す。

「あの、さ……」

「ん? ど、どうした」

「試合、俺ら38点は取れたけど実際、俺らが打って入ったシュートの殆どって、橙野と黒子関わってなくね……?」

 まるで、酷く動揺したような土田の声音が、気持ち悪さを後押しして日向達の心を揺らす。
だが思い出してみれば、実際そうだった。

「確かに、俺らのシュートが入ったのって、1年3人のディフェンス抜いたとかミスを突いたとか、そんなんだったな」

「ああ、……っつか、水戸部、お前ボール触って……なくね?」

 小金井がハッとしたように尋ねれば、驚くべきことに水戸部は浮かない顔でうなずいてみせた。
 不穏な空気が、辺りに流れている。

 そうして、土田の口から出た言葉は、彼等をより一層動揺させることとなった。

「だから、もっと離されてもおかしくなかったと思ったんだよ。でもさ、点差――」

――1回も、7点以上になってなくね?


(feeling of wrongness)

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