12Q 2
 放課後、誠凛男子バスケ部は試合後始めての部活にのぞんでいた。
 この日の更衣室には、ここ最近にはなかった空気が流れている――皆、喜んでいるというか、わくわくしているというか。
 正邦、秀徳との戦いを前にしてのこの雰囲気。
 その原因は、他でもない先日の2戦の狭間にあった、白美の復帰宣言であろう。

 キセキの世代における数少ない帝光1軍メンバーでありながら、「怪我」を理由に身を引くことを余儀なくされ、バスケに飢えてせめてマネージャーとして戦いたい、と務めてきた今まで。

 その誠実さや温厚さ、柔らかな物腰、何よりマネージャーの傍らで復帰を目指して努力を続けるというバスケへの思い、姿勢。
 誠凛バスケ部の中で、白美への信頼は既に相当高まっていた。
 そんな中での「バスケができる」という白美の発言だ。

 彼等は勿論喜んだし、それに白美のバスケを楽しみに思った。
 そこにあるのは、祝福と期待感だ。

 ただ――その中で火神と黒子だけが、普段より少し険しい表情をしていた。





 試合を控えた大事な部活の時間ではあるが、だからこそともいえよう。
 今日は白美も参加のウォームアップの後、コートの中心にて白美とリコを汗を流した部員たちが囲んだ。

「さて、橙野くん。話の通り、橙野くんのバスケがどんなもんか見せてもらうわよ」

「はい、望むところです」

 白美は、リコに嬉しそうに微笑む。

「ええ。じゃあ、さっそくだけど橙野くんには――」

「あぁ、少し提案しても?」

 と、不意に指示を出そうとしたリコを白美が遮った。

「ん?」

 白美は、ニコッと笑って辺りを見回し、口を開く。

「1年VS2年のミニゲームという実戦で、力を見てはもらえませんか? 無論――火神の代わりに入ります。その後……、火神」

 白美は、笑顔のまま火神に2歩寄った。

「何だよ」

 険しい表情で言う火神に、白美は更にずい、と近づいた。
 肩と肩が触れ合う様な距離で、白美は俯き、言う。

「俺と――1on1してよ」

「――なっ!」

 火神は瞠目し、勢いよく横を向いた。
 しかし、白美は火神を見返すことなく素早く踵を返すと、リコや周りの先輩、1年達に「駄目ですか?」と尋ねる。

 すると、「それがいい」、「実際戦わないとわからないこともあるしな」などと声が上がり、リコも「じゃあそうしましょうか」と頷いたものだから、笑顔の中ミニゲームが行われることが決まった。

 ミニゲームの準備の為に動く先輩たちや1年の後には、火神とリコ、黒子が残される。
 今日は何時にもましてやけに無表情の黒子が、先輩たちと笑いあいながらストレッチをする白美を遠目に見つめ、口を開いた。

「先輩、火神くん」

「ん?」

「なんだよ黒子」

 黒子は、自ら切り出しながらもその先を離すべきか、なお迷っていた。
 だから、数拍沈黙し、それでも言おうと決意を固めてから、口を開いた。

「……、なんとも言い難いんですが、あの、これだけは言っておきたくて」

「……?」

 真面目な黒子の表情と声音に、リコと火神もつられて真面目な顔になり、言葉の続きを待つ。

「橙野くんは基本的に、なんでもできるオールマイティーな選手です。ただ、中学時代、橙野くんのバスケは、僕とは違う意味で変わっていました。そして……」

――「今からみるバスケが、橙野くんのバスケだとは思わない方がいいです」。

 黒子は2人にそんな意味深な言葉だけ残して、白美の元に歩いて行った。

――彼本来の力はそんなもんではない、もっと凄い、そう言いたいのだろうか。
 火神は「お、おう」と首を傾げたが、リコは黒子の背中を真顔で見送った。




 間もなく10人がゼッケンを身に付け、試合が始まった。
 リコが投げたボールを奪い合うのは、2年、水戸部。そして、1年、白美だ。
 長い白髪をいつもより高い位置で縛っている。
 傍から見るといつも通り柔和そうな顔つきをしていたが、その眼光はいつもの何割増しで鋭かった。
 ボールがあがり、二人も同時に跳躍する。

「んなっ!」

「高いっ!」

――ボールを制したのは、水戸部ではなく白美だった。
 白美の弾いたボールは正確に、ボールを待つ1年PG降旗の手に渡る。
 

 そうして直ぐ、他の1年を経由してボールは白美の手元に戻ってきた。
 2年達はディフェンスを固めつつ、コート中腹でボールを受け取りドリブルをする白美の出方を探る。
 
 白美のマークである水戸部は、火神に教えたやり方に近いそれで、白美の動きを封じようとした。
 しかし、それが長く続くことはなく、二人の間の均衡は直ぐに崩れた。

 至って普通のドライブだと思った。
 至って普通のフェイントだと思った。
 基本も基本、いいところだと。

――なのに、抜かれた。
 形容しがたい、気持ち悪さが後に残る。

 ハッと目を見開く水戸部の傍ら、白美は滑らかにボールを宙に放つ。
 そのままボールは真っ直ぐ一同の頭上を通り、スッとネットを揺らした。

 先制は一年。
 白美がボールを放ったのは3Pラインより外側だった――3点が1年側に加算される。

「え」

「えっ?」

「……え?」

 その瞬間、1年2年外野に関わらず、体育館は一時騒然となった。

 何の変哲もない様に思える、ただのドライブ。
 言うなれば、教科書通りの無駄のないそれ。
 同じく、基礎的なフェイント。
 そして、3Pのショットも基礎事項に実に忠実で、滑らかなそれ。
 
 但し――、その何かが気持ち悪い。

 とはいえ、一応その場はそこで収まり、今度は2年のオフェンスに移った。

 言うまでも無く、ハイテンポのパス回しだ。
 ボールは伊月、日向、小金井と周り、ハーフコートを越えた先で白美がつく水戸部へと回される。
 だが、ボールは黒子の動きなくして白美に、それはあっさりと奪われた。

(はっ、スティール!? なんでっ!?)

 白美にボールを奪われたことで、パスを出した小金井は瞬間慌てた。
 それだけではなく同時に、水戸部や日向も戸惑った。
 傍から見れば小金井がパスミスをしたかのように思われるだろうが、実際は違う。
 小金井のパスは正確だったし、小金井が投げた時点では、水戸部は小金井のパスコース上、言わば安全圏にいた――はずだった。
 なのに、受け取る寸前でのスティール。
 思えば今、白美は水戸部より先に動いていた。

(狙ったってのか……って、そんな場合じゃねぇし!)

 日向は白美の姿をじっと見て、そしてハッとする。
 だがもう遅い。
 白美の手を離れたボールは、あっという間に黒子を介してゴール付近にいた福田の手中に納まる。
 福田は戸惑いながらもシュートし、2年は0点のまま1年は5点となった。

 その後も、白美と中継の黒子を軸とした1年のオフェンスとディフェンスは続いた。

 火神や黄瀬の様な派手なプレーは一切ない。
 だが、白美の繰り出す戦術にしろ、ハンドリングにしろ、ディフェンスにしろシュートにしろ、どれをとっても熟練しており、その各々に洗練されたスキルが輝き、更にそれを支える白美の徹底された基本、高いフィジカルが見て取れた。

 誠実で、堅実。一見して柔和そうに見える。しかし、隙が無い。
 白美のキャラクターがよく表れているバスケだと、黒子以外の者は思った。


 ただ――何かが、気持ち悪い。

(なんつーか、点差はあんま無いはずなのに……、やりにくいったらありゃしねぇ。なんだこれ、胸糞悪りぃ……)

 日向は3Pをきめながら、険しい表情で奥歯をギリと噛み締める。
 点差はこれで、7。1年のリードだ。
 だが、2年にはその7点という差が、まるで普段の数十点であるかのように感じられてすらいた。
 それほどのかたさがある。
 それは相手をしている2年はもちろんだが、1年、外から眺めるリコや火神も感じていることだった。 
 火神は目を三角にし、コートを最早睨んでいる。

「なんっつーか、見てるだけなのに、すっげえイライラすんだけどよ……です」

「ええ。それに気持ち悪さに加えてこの、胸のつかえる感じ。7点が果てしなく遠く思えるような、形容しがたい何か……一体何だっていうの? わからないわ……」

 リコも目をこらすが、一体コートで何が起こっているのかわからなかった。

(橙野くんは、正統も正統の極めて誠実な無駄のないプレイをしてる。のに、何かが違う――)

 と、そこまで考えて、リコは閃いた。

 脳内に、ふと次の対戦相手の正邦が行うバスケが浮かんだのだ。
 今のスポーツ科学とはまるでちがう、古武術を元にしたバスケ。
 癖のある、バスケ。

(もしかして、一見すると無駄も隙もない動きに見える中に、独特の癖がある!?)

 そして、リコが気付いた頃、日向や水戸部たちも謎の気持ち悪さの正体を探った結果、感じ始めていた。
 そう、白美だけ、――リズムが、違う。


 その後、波が広がり、2年全員が違和感が彼のリズムにあると仮定した頃。
 ブザーが鳴り、ハーフタイムが訪れた。


(something gross)

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