11Q 7
 秀徳の試合を観た後。
 暗い気持ちを晴らそうとした日向の言動を発端に、誠凛の面々の間に決勝準決勝を同じ日に行うというハードスケジュールについての話題が上がった。

 西の王者と言われる正邦相手の戦い、続く、秀徳相手の戦い。
 秀徳や正邦といった、ベンチの層も厚くスタイルが確立している完成度の高いバスケを展開する学校ならまだしも、誠凛は発展途上。
 加えて、選手層は極めて薄いと言って過言ではない。

――生半可なキツさではないのだ。

「ちょっと、無理じゃねえか?」

「強いとこって人も多いし、層も厚いし、ウチは全員ベンチじゃん!」

「1日に2試合できて、両方強ぇえなら、願ったりかなったりじゃんか」

「いや、コレはないって」

「どんな強がりだよ、なぁ黒子! 橙野!」

 福田は、黒子と橙野に同意を求めた。
 しかし彼の欲した反応に反して、白美は軽く肩をすくめて「さぁ」と一言。
 黒子に関しては、「すみません、僕もちょっとわくわくしちゃってるんですけど」と抜かす。

「えっ」

「は? 何、お前も火神菌うつったの?」

「何だよ、火神菌って!」

「――それは嫌です」

「なんか否定の仕方もムカツクぞおめぇ」

 しかし、黒子の一言が、その場の暗い空気に止めをさした。

「でも、ピンチってちょっと燃えません?」

「っ」

 暗い表情をしていた面々は、ハッと目を見開いて黒子に注目する。
 その後テンションが上がってしまった火神を抑える為にリコが叫んだりで、先程までの連戦 に対する不安は彼等の中で急速に色あせていた。





 そのすぐあとだった。
 彼等が5時からの次の試合に向けて、和んだ空気で休憩しているタイミングを見計らって、白美が動いた。

「監督、話があります」

 椅子に腰かけ日向と会話していたリコに、上から妙に真面目くさった声が注ぐ。

「ん?」

「橙野?」

 真顔で監督に話しかける白美に、自然と周囲の面々の視線も集まった。

「――どうしたの? 移動する?」

 リコは慎重に尋ねたが、白美は首を振る。

「いえ、皆さんにも伝えなければいけないことです」

「……」

 白美の言葉に、リコはじめとした誠凛の面々は沈黙し、続きを促した。
 白美は小さく頷くと、暫し目を伏せ、再びリコをじっと見つめて口を開く。

「監督。正邦戦、秀徳戦。連戦中の戦力温存の為に、試合で――自分を使ってください」

「……っ!!」

 白美の言葉は、その場にいた全員を瞠目させた。
 それはつまり、「怪我からの復帰」を意味する。
 余りに唐突な話であったために、彼らは暫し無言だった。
 
 だが、直ぐにどういうことか認識し、怪訝な顔をする。

「えっ、おまっ! 怪我、治らないんじゃ」

「確かに、私の予想と最初に聞いてた時期よりかなり早いけど……?」

 怪我の後遺症は未だに色濃くて、だから白美はマネージャーをしているのではないのか。

 白美は、彼らのそういった認識を知った上で、改めて安心を与える微笑みを浮かべて言う。勿論、そこに「バスケができる」という喜びを滲ませることを忘れない。

「ドクターには、後はリハビリ次第、といわれていたんです。後は、鍛え直しというか。初めの見込みだと確かに秋過ぎての予定だったんですけど、景虎さんが協力してくださったお陰で、すっかり動けるようになってきていて。流石に元通りとはいきませんが――、OKも出ています」

 一拍。
 そして今度こそ、誠凛の一同はおぉとそれぞれに歓声を上げて笑顔になった。

「おぉおおおおおお!! やったなしらがっ!! これでようやくお前と一緒にプレイできるぜ!!」

「よかったなぁあ! おおおおめでとう! めでたいめでたい!」

「よくやったな、橙野。溜まってた分、無理のない範囲で取り返して行こうぜ」

 火神、小金井、日向が口々に祝の言葉を白美にかける。

 しかし、リコは彼等同様に破顔しこそすれ、サッとその顔色を曇らせた。

「橙野くん本当におめでとう! これはお父さんにもお礼を言わなきゃなあ……。でも……、無理することはないのよ? いくらマネージャーの傍ら少しずつ練習に参加しているとはいっても、ブランクだって大きいだろうし、もっとしっかり調子を戻してからでも――」

 小さい声で、たしなめる。

 リコの言葉を聞いた途端、一度は喜んだ先輩たちの貌に暗い色が宿った。
 そう、故障していた選手を重要な勝負の場面で急に出すというのは、リスクが大きすぎるのだ。
 それにはっきりとした実力を知る者は、黒子以外誠凛に居ない。
 白美には酷だが、監督としては、仕方のない当然の言葉だ――彼等は胸の内それぞれ思った。

 それは、白美もわかってくれることだろう。
 彼等は申し訳なさそうな、同情したような顔を白美に向ける。

 だが、白美は彼等の反応に「ハァ」とあからさまに呆れた様な溜息をぶつけてきた。

「ん?」

 貌を顰めるリコや2年達を見下ろして、白美は口角を上げる。

「心配には及びません。自分でも少しずつトレーニングは重ねてきていますし、実際本当に動ける段階に入っているんです。『元通りとはいかない』とは言いましたが、――少なくとも、今の時点の火神とやり合うだけのことは、できますよ」

「んなっ!」

「言いましたよね、基本の動きを素でミスなくこなせて、漸く2軍。その上に更に光るものがあって、はじめて1軍。そして自分は――そういう世界でバスケをしてきた。ブランクとか、治りたてとか、大した問題ではありません」

 それを聞いて、リコや火神、他の面々はハッとした。

――そうだ、白美は「帝光1軍」出身だったではないか。
 彼は、元々キセキの世代の傍らで、控えとしてベンチに入っていたこともあるような、そんな男であったはずだ。

 それこそ彼が、強豪校と呼ばれる学校のバスケ部で、下手をしたらエースの座をほしいままにできる程の実力を元来持っていたとしても、何もおかしくはない。

(その通りだわ。それに実際、橙野くんは、試合を読む眼も組む練習メニューも、相当なものを持ってる。普段スペックを意識することがあまりないから感じなかったけど、橙野くんはひょっとしたら、体力温存どころか即戦力になり得る……?)

 白美は、微笑むと更にリコの後押しをした。

「無論、今の言葉だけで出させてくれと求めるようなことはしません。唐突な申し出なのは事実だし、実際俺も、もう少し様子を見て――というつもりでした。でも、皆さんを信頼していないということではありませんが、今の状況でそんな悠長なことは言っていられません。戦力は少しでも多い方が良い。後は単純に、いい加減プレイしたいという気持ちもありますが。とりあえず、練習にもこの先本格的に参加させて貰いたいと思っているので、そこで力の程を……力の制限はありますが、見て、それで決めてもらえれば構わないです」

「橙野……」

「わ、わかったわ。じゃあ、そうしましょう」

 日向は、確かにその通りだと思った。連戦に、強豪、そして秀徳。正直、有り難い申し出だ。
 別段断る理由もなく、リコも頷く。
 白美は「ありがとうございます!」と破顔してみせた。

 そんな白美を、黒子は先ほどからずっと凝視していた。
 黒子は、最近彼の仮面の下の感情が前より読み取りやすくなったように感じていた。
 やはり、彼は変わった。仮面こそあれ、その裏で彼はきっと彼自身に素直になったのだと思っていた。

 だが、今の白美からはまるで、考えを掴めなかった。
 彼の心境がプラスに向かうものであることは間違いない、そうでなければ黒子は白美を受け入れていない。
 しかしそれでも、今の白美の腹の内は不透明だった。 

 黒子がいくらその眼を以て探っても、色は見えども形がわからない。

 ただ間違いないのは、確実に白美は何かをしようとしている、ということ。
 

 そして、だからこそ彼は「トリックスター」と呼ばれるに値する男なのだと思った。

(僕は、君を信じている)

 だから黒子は、リコや先輩たちから視線を自分にふと移してきた白美に向かって、珍しく微笑んで見せた。



(permission)

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