11Q 6
「秀徳! 秀徳!」

 再び、秀徳応援団の声援が体育館を満たした
 試合開始時刻が刻々と近づき、誠凛一行は場所をベンチから2階立ち見席に移って、コートを見下ろす。

 と、ベンチの傍らで、緑間が自チームの主将である長身の選手に何やら頼みごとをしていた。

「スタートから出る? 占いが悪いから出たくないって、いったなかったか?」

 それを聞いて、ベンチに腰かけていた高尾がすかさず「旧友に会ってテンション上がっちゃったんだろぉ、色々いわれちゃったしね」と口を挟む。

「いつまでも的外れな勘ぐりはよせ。シュートタッチを確かめたくなっただけだ」

「いいけど? カントクから許されてるお前の我儘は1日3回までだからな。あと2回だけだから」

「……」

「ま、いつも通りシュート決めりゃあ文句はねぇが、占いが悪いなんてクソの言い訳にもなんねえからな」

 主将はズーンと負のオーラを背負う緑間に、サッパリ言い放った。

 それはともかくとして、試合直前。
 緑間はベンチで指に巻いたテーピングをスルスルと解いた。

「落ちるわけがない。今日のラッキーアイテム、クマのぬいぐるみで運気も補正されているのだから」

 そう言う緑間の隣、ベンチの真ん中には、熊のマスコットがちょこんと笑顔で座っている。
 その様子を眺め、白美は口角をあげた。

(真ちゃん変わってないねェ〜)

 距離のあるこの場所からですら、感じられそうな程の彼のオーラ。
 元同朋として、自然と自分の気分も高まっていることに気が付いた。

――そして、始まった試合。

 彼等は余裕すら感じられる悠々としたプレイで、第2Q終了4分前で既に相手を30点下に引き離していた。

 リコからは「流石って感じね」と感心の声。

「でも、やってることは俺らとあんま変わんないのに、なんか、すげえ簡単そうに見えるよな。なんでだろう」

「ミスがねぇからだよ」

 試合を観ながらの福田の呟きに、日向が答える。
 そして続く、白美。

「バスケは、常にハイスピードでボールが行きかうスポーツ。けど、強いところというのは例外なく、投げる、取る、走る、みたいな当たり前の動きからキッチリしてる。俺がいた帝光は、それらをミス無く素で出来て二軍。その上にオリジナルのスキルがあって、漸く一軍――それでも出れる試合は限られていたけどね」

 その言葉に、一同はゴクリと唾を呑んだ。

「そう。簡単そうに見えるってのはつまり、基本がガッチリできてるってことだよ。まぁ、あくまで基本だ。強者には、橙野も言った通りそれ以上の理由が当然ある」

「そしてチームにおいて『それ以上の理由』を考えてみれば、強いどこのチームにも共通して言えること。それは俺から言わせてみれば――絶対的なスコアラーがいること、だ」

「ああ、そうだな」

(ええ、その通りね。ところで、今、橙野くん……)

 リコは試合からふと目を話し、隣でコートに眼を走らせる白美の横顔を盗み見た。
――その口角が、薄らと上がっていることに気が付く。

 コートでは、秀徳主将が丁度強烈なダンクを放ち、ブロック二人を地面に倒したところだった。

「すっげーダンク!」

「マジあれ、高校生?」

 1年からは驚きの声があがる。

「また一段と力強くなってるわね」

「去年アイツ1人でも手に負えなかったんだけどな」

 日向は、試合を見下すと、手すりに両腕をついて呟いた。

「そう。インサイトの大坪主体でアウトサイドは普通ってのが、去年までの秀徳。けど今年は――」

 そう、今年は彼に加えて、キセキの世代緑間真太郎という存在がいるのだ。

「いまんとこ、5本中5本か。緑間は随分調子いいみてぇだな」

「そうなんですか?」

「うーん」

「えっ、知んねえよ! つか、お前らの方がわかんだろが!」

 呟いた火神は、黒子と白美の微妙な反応に貌を顰める。

――「駄目だ! 中固めろ! 外はある程度やられてもしょうがねえ!!」。

 コートから響く声を聴きながら、黒子は「さあ? 彼が外したとこみたことないんで」と火神を見上げた。

「っ」

 そして試合は丁度緑間にボールが渡ったところだった。

「――『ある程度』。だからお前らは駄目なのだ」

 緑間は冷たく言うと、リングからかなり離れた場所にも関わらず、滑らかなフォームでボールをリングに向かって繰り出す。

 放たれたボールは、通常では有り得ないかなりの高さまで滑らかに上昇した。

(マジ何なんだこのループの高さ! 普通そんなんで距離感つかめねえぞ!!)

 その高さといえば、二階にいるはずの日向一同ですら見上げるほどだ。
 何度見ても有り得ないと、日向は呆気に取られていた。
 同様に、コートの中でも相手選手に加えて秀徳の選手すらボールをぽかんと仰いでいる。
 しかし彼等を背後に、打った本人はボールのその後を見ようともせず、リングに背を向けた。

「戻るぞ高尾」

「あっ」

「ディフェンスだ」

「これで外したら俺もどやされんだけど?」

 緑間の隣を歩きながら高尾が言うが、緑間はそのような心配は全くしていないようだった。

「バカを言うな高尾。俺は運命に従っている。そして人事は尽くした」

 そう言う緑間の背後上空で、ボールは上昇から下降に己が動きを転ずる。

「だから俺のシュートは、落ちん」

 緑間の言葉の通り、ボールはリングに掠ることも無くネットを揺らした。

「彼は、フォームを崩されない限り100%決めるシューターですよ」

「マジかよ」

「えげつないシュート打つなぁ」

「ゴールに入る前にディフェンス戻ってるし。カウンターできなくね?」

「着弾までの時間が異常に長い。こりゃ精神的にも来るわね」

「無論、元々あの3Pには、そういう狙いがあります」

「うっわ」

 ほとほと呆れるほどにハンパない緑間のスキルに、誠凛2年たちはそれぞれ畏敬の言葉を発した。





 その後も、緑間はハーフコート内から3Pを次々と決めていった。
 だがその頃、日向は緑間のシュートに関して何か捉えられない違和感を感じていた。
――もしかしたら緑間は、まだもっととんでもないものを隠しているんじゃ?
 眉間に皺を寄せ、コートで3Pを放つ緑間を凝視する。

「すげえ、百発百中!」

「これがキセキの世代No1シューターの力か!」

 そうして感嘆の声が場内に溢れる中、試合終了のブザーが鳴った。
 スコアは、153-21。
 言うまでも無く秀徳、余裕の圧勝――高尾は欠伸をする始末だ。

「圧倒的だな! 今年の秀徳!」

「すげぇ〜!」

 歓声がどっと沸き起こり、それに秀徳コールが重なって、コートで「勝って当然」と振舞う選手達に降り注ぐ。

(外はもはや弱点どころか、中よりも脅威の得点源になってる。去年までが可愛く思えてきちゃうわね)

 リコはじめとした誠凛の面々は、彼等を――特に緑間を緊張と感心の入り混じったような表情で見下ろす。

 だが、日向がふと、傍らの白美の横顔に目をやった時だった。

「――フン」

(んなっ!?)

――今、橙野は。
 日向はパチ、と一つ瞬きをして、彼の貌をまじまじと見つめる。

 そう、今確かに白美は細まった眼で緑間を見下ろし、確かに、「何か」を鼻で笑った。
 鋭い眼に宿る燐光も、薄く上がった口角も、手すりから身を預けるような姿勢も、纏う気からしても、自分が知るそれとはなにかが、まるで違う様に感じた。

(この違和感は……?)

 そして白美は、日向の食い入る様な視線に気が付くことは無かった。
 ふと立ち止まり、自分たちをじっと見上げる緑間に、笑いかけていたからだ。


(uncomfortable feeling)

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