09Q 6
――何故、全中制覇の後、居なくなったのか。
 黄瀬の問いを受けて、黒子は少し黙り込むと、眉根を下げてショボーンとした貌をした。

「ん〜、わかりません」

 黄瀬は、この答えを全く予想していなかったらしい。
 「へ?」と狐につままれた貌をした。

「帝光の方針に疑問を感じたのは、確かに決勝戦が原因です。あの時、ボクは何かが欠落していると思った」

「……」

 白美は、顔を逸らすと無表情で二人のやり取りを耳にする。

「スポーツなんて、勝ってナンボじゃないッスか。それより大切なことなんて、あるんスか?」

 黄瀬は問うた。
 先程、白美から「楽しむ」とか「チーム」とかの話を聞いたばかりだった。
 それでも、今まで背負い続けてきたものが簡単に肩からおりることはやはり無く。
 しかし確かに、揺らいできているからこそ、問うた。

「ボクもこの前までそう思っていました。だから何がいけないのかは、まだハッキリわからないです。ただ……、ボクはあの頃、バスケが嫌いだった。ボールの感触、バッシュのスキール音、ネットをくぐる音。ただ好きで始めたバスケなのに。だから、火神君に会って、ホントに凄いと思いました。心の底からバスケットが好きで、ちょっと怖いときや、腐った時もあったみたいだけど。全部、人一倍バスケに対して真剣だからと思います」

 白美は、黒子の思いを悟っていた。
 だが、黄瀬には、やはり、まだ。

「わかんねぇッスわ」

 黄瀬は、俯きがちに言う。

(こればっかりは、俺らがいくら言ったところで、実感しないことにはわからないのだろう。――現に、俺も本当に理解しているとは)

「……」

 暫くの沈黙の中、ふと、白美は視線を緑のフェンスの方にやった。
 歩いてきた火神が、フェンスの影からこちらをじっと見ている。

「……」

 白美は、見て見ぬふりをして、直ぐに視線をそこらへ戻す。

「けど一つ言えるのは、黒子っちが火神をかう理由がバスケへの姿勢だとしたら、黒子っちと火神は、いつか……」

 ヒュウッと音をたてて拭いた風に、白美の一つ縛りの髪がサアッと靡いた。
黒子や黄瀬の髪も揺れる。
 白美は、俯いて目を閉じた。

「――決別するッスよ」

「……」

 火神は、それを聞いて少し顔色を変えた。
 黄瀬は、火神の存在に気付かぬまま、鋭い目付きで黒子に言う。

「オレと4人――それから――との決定的な違い、それは身体能力なんかじゃなく、誰にも……、オレにもマネできない才能を其々持ってるってことッス。今日の試合でわかったッス。アイツはまだ発展途上。そしてキセキの世代と同じ、オンリーワンの才能を秘めている。今は、未完成の挑戦者ッス。ただがむしゃらにプレーして、強敵と戦うことを楽しんでいるだけのね。……、けど、いつか必ず、キセキの世代と同格に成長して、チームから浮いた存在になる。……、その時火神は、今と変わらないでいられるんスかね……? 例えうのっちがいたとしても――」

(――才能は、孤独を生む、か)

 黄瀬に、火神の持つ才能とそれが引き起こしかねない事態について指摘されて、黒子は前を向いたまま黙り込む。
 過去の実例が実例だけに、上手く言い返すことはできなかった。
 白美は一瞬口を挟もうかとも考えた。
 だが、フェンスの端からこちらを見ていた火神が動いたのを見て、だんまりを決め込む。

「ってめ、何フラフラ消えてんだよ、しらがも、ケータイの電源ぐらい入れとけ!」

 火神は勝手にドスドスとやってきて、そう言いながら黒子を軽く突き飛ばすと、黄瀬の方を一瞥した。

「……」

「よう」

 ちょうど噂をしていた火神を前に、黄瀬は少し目を細める。

「聞いてたんスか」

「聞いてたじゃねぇよ! お前何イキナリ黒子としらが拉致ってんの」

(しらがって何スか)

 火神は、声を荒げて身を乗り出した。
 黄瀬は、貌を顰めて右手を横に出す。

「はぁ? ちょっとくらいいいじゃないッスか!」

「帰れねぇんだよ! 監督が責任あるって煩くてよ、皆で探してたんだよ。しらが、お前もマネージャーなんだし、連絡ぐらい入れろよ!」

 火神に黄瀬同様迫られて、白美は苦笑いで身を引いた。
 先程スマホについて言われて、疑問に思いながらチェックしてみれば案の定、充電が切れていた。

「悪い、伝えなかったのは自分の責任だよ。充電切れてたから先輩からの連絡も受けれなかった……、何時切れたんだろう」

 白美は、立ち上がると首を傾げてみせた。
 火神は、それを見て口をつぐむと、むすーっとする。

「……。ごめん」

 白美も彼に合わせて少しむすーっとして、仕方がないので謝る。
 と黒子は、火神が吼えるのを止めて少し静かになったせいか、背後のバスケットコートが何だか騒がしくなった事に気が付いた。

 何やら、もめているらしい。

「んだよクソ、うじゃうじゃいんじゃん!」

「オラ! もう十分遊んだろ! 代われ代われ!」

 白シャツに緑のジャケットを羽織った、柄の悪そうな鳶色頭の男が背後に四人を従えて、ストバスをしていた三人に迫る。
 見るからに、不良が滅茶苦茶を言っているらしい状況だ。

「こっちだって来たばっかだよ! 順番を護って――!!」

「あぁ〜? 順番!?」

 不条理だと叫んだ三人の内の一人に、鳶色の脇に控えていた赤Tに黄色い上着を着ていた黒の短髪が突っかかった。

「まぁ〜まぁ、ここはホラ、バスケで決めるとか、どう?」

 だが、水色のシャツにネックレスをつけた茶髪の男が、声を荒げた彼の肩に手を置いて提案する。
 彼の提案を受けて、ストバスで対戦し勝った方がコートを使う、ということにその場はまとまったようだった。
 まぁ、実力で相手をねじ伏せるというのは順当な手段だろう――順当な相手には。

「――なんだアイツら、柄わりぃな」

「フェアプレーなにそれおいしいの、だな」

「……」

 黒子と実は気付いていた白美に続いて、火神や黄瀬もそれに注目をする。
 傍から見守られているとは知らないまま、三人とガラの悪い連中はストバスの対戦をはじめた。
 白いシャツに黒いズボンという学生三人組が、まずはオフェンスだ。
 彼らはマンツーマンで付くディフェンスを上手く躱してパスをつなげると、早速シュートをきめる。

「よっしゃあ!」

 一人が声をあげた。
 オフェンスが移ろう。

「あら〜、やるなぁ、負けちゃう〜?」

 水色のシャツを来た男が、早々の相手先制を茶化すように嗤った。
 彼らはパスをつなぎ、ボールは赤Tの男にまわる。
 だが、彼はそこでボールを受け取りそこねた。
 すかさず、転がったボールを学生の一人が拾い上げる。
 パスがつながり、ゴール前の一人がオフェンスを抜いてボールを持ったまま、宙に飛んだ。

「よし、これで――!」

 そのまま行けばシュート、彼は笑顔だった。

「ブロック〜!」

 が、その時、鳶色髪の男がいきなりコートに乱入し、シュートフォームに入っていた彼に体当たりすると同時に、ボールを弾きとばした。 
 シュートを妨害された学生は、そのまま固い地面にしりもちをついて倒れ込む。

「ちょっ、何だよ今の! 3on3だろ!?」

(ッチ)

 白美は内心、小さく舌打ちをする。

 果たして怒った学生を、私服一同はにやにやと見下ろした。

「ハ〜イ? バスケで、っつったろ〜? 3on3なんて一言も言ってねぇ〜し」

 水色シャツが、2、3歩その場から進み出ると身を屈めて学生の貌をぐーっと覗き込んだ。

「何だよそれ!? そんな卑怯な――」

 学生がそこまで言ったところで、白美はハッと目を見開いた。
 ――次の瞬間、学生の言葉を切るように男の靴が、白いシャツの腹部にのめり込んだ。

「ッ……!!!」

「え〜? 何て〜? よ〜く聞こえなかったわ」

 男は、それでは飽き足らず学生の肩にも蹴りを入れると、グリグリと容赦なく踏みつける。
 そして、白美は黒子がボールと共にミスディレクションしていることに気が付いた。
 ハッとしてフェンスに迫り目を凝らせば、黒子は騒動のど真ん中に立っている。

「どう見ても卑怯です」

 黒子は、水色シャツが足を離して学生に背を向けたすぐ後に、指先でボールを回して彼の目の前に迫った。
 相手は、キョトンと目を見開いて固まる。

「わお」

 白美は、黒子の大胆かつ小さな制裁に顔を引き攣らせた。
 勢いよく回転するボールは、黒子の狙い通り、そんな彼の鼻と擦れて摩擦熱を生んだ。

「アッツ!? ってかなんだてめぇ、どっから沸いた!」

 水色シャツの男は、鼻を押さえて飛び退くと、驚きに溢れた眼で黒子を睨む。
 ものものしかった空気に、異色の何かがまじって流れ始めていた。

「そんなバスケはないと思います。何より暴力は駄目です」

 黒子はボールを両手で持つと、正面切って彼らに言い切った。
 そんな黒子の肩に、ポン、と白い手が乗せられる。

「その通り、それをバスケとは言わないですよ。そもそもスポーツに、不条理極まりない殴る蹴るなどという野蛮な暴力を持ち込んだ時点で、アウトです」

 黒子の斜め後ろで男たちを睨むのは、驚く程白い、神々しい程の微笑みを浮かべた白美だった。

「……何時の間に来たんですか」

(橙野くんが本気で怒ってしまいました、皆さんご愁傷さまです)

 黒子は、白美からにじみ出る独特の波長を肌を持って感じ取り、冷や汗を流しながら尋ねる。

「――今、かな」

 白美は、表面上、ふわっと穏やかに微笑んでみせた。
――正直なところ、彼の本性を知る者にとっては、白美の今の態度は恐ろしいとすら言えないほど恐ろしいものであったり、する。



(His thought)

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