09Q 4
「うのっち」

 店を出ると直ぐ、白美に声がかけられた。
 白美は、声の主を見てフッと目を細める。

「割と早かったねェ」

 白美がニヒルに笑いかけた先、歩道と車道を隔てるフェンスに、水色海常バッグを肩にかけて灰色のブレザーを纏った、黄瀬が腰掛けていた。

「ステーキなんて、まったく豪華ッスね。祝勝?」

「違う。所謂、何分以内で完食無料、できなかったら自腹、ってヤツ。あ、隣座るよ〜?」

「どーぞ」

 白美は、苦笑いしながら黄瀬の右隣に腰掛けた。

「にしても、誠凛チャレンジャーッスね。……フッ、うのっち、完食したでしょ」

 黄瀬は、笑いながら悪戯っぽく白美の顔を覗き込む。
 それにしても、さっきの今でよく自分にこんな態度が取れるな――と白美は黄瀬を前にして感心した。
 まぁ、以前からの仲を考えれば、こうやって話すのが普通なのかもしれないが。

「まぁーね、っつか涼ちゃんさ、あの様子だと真ちゃんに俺の話しようとして失敗したっしょ〜」

「っえ、なんでわかったんスか」

「俺を誰だと思ってやがるのかなァ?」

 白美は苦々しげな表情をすると、黄瀬の身体を押して無性に近い貌を遠ざけた。

「フッ、で、他の皆さんは?」

「ああ、タイガーが今頃全員の残り分をもしゃもしゃ片付けてるな」

「黒子っちは、一番に脱落ッスよね」

「ご名答」

 白美はクスクスと笑いながら、胸ポケットのスマホを取り出した。

「今テッちゃん呼び出すわ」

「一緒に出ればよかったんじゃ?」

「――トイレで居なかった」

「ああ、そうスか」

 白美は黄瀬に覗き込まれながら、黒子に短文を送信する。


[店の前 今すぐ 出てこい]

「えっ、なんか、喧嘩しますよみたいな……」

「あ? え、まあ、気にしない。直ぐに出てくるって〜」

「……」

 黒子を待ち黙ること数秒、背後を大きなトラックが通り過ぎる。
 黄瀬は、地面の影に暫し目を伏せ、どこか心配そうにも見える表情で白美を見た。

「……、うのっち」

「何だ」

 白美は、店の扉を見たまま続きを促した。
 黄瀬は数秒の沈黙を経て、口を開く。

「……、誠凛は、うのっちにとって、どうなんスか?」

「ん……?」

 白美が横を向くと、直ぐ傍に真剣な貌をした黄瀬がいた。
 白美は少し目を丸くし、それからクスッといつも誠凛の面々に見せているかのような、淡い微笑みを浮かべる。

「最初の予定とは少し違う。火神は完全に予想外だったよ。でも、予想していたのよりずっといい。今の俺は、アイツらに交じってボールに触れるわけじゃない。でも、彼らとなら『一緒にプレー』できる――楽しいと思ったりもする」

 黄瀬はその答えを聞いて、少し切なげに貌を歪めた。
 脳裏を、色んな白美の姿が駆け抜ける。

「『一緒にプレー』、楽しい……」

 白美の言葉を、小さく繰り返す。
 それ以上は、何も言えなかった。
 白美は目を伏せている黄瀬の横顔を見ながら、微かに口角を上げる。

「嗚呼。――でも、今日見せてもらったけど、海常も、凄く良いところだと思うぜ。俺が求めるのとはまた違うチームだけれど、高く評価する。俺もお前も、いいチームに入ったと思うよ」

 黄瀬は、ゆっくりと白美の目に視線を重ねあわせた。
 少し驚いたような、戸惑っているような黄色の目。
 白美はまた、クスリと微笑する。

「いつになく神妙な顔だねェ。涼ちゃん、お前もなんだかんだ、俺と同じバスケ馬鹿……、折角やるんだから、楽しもうぜ?」

「うの、っち……」

「――俺が自分の事、バスケ馬鹿なんて言うから驚いたのかなァ?」

「……」

 黄瀬は答えなかったが、揺れる眼が全てを物語っていた。

「フッ、そりゃそうだよなァ、驚いても仕方ない。まァいいや、だから、素直に、さ。楽しむ。理想だよね。毎日の練習も、試合も、強くなってリベンジするその過程も――、そういうのを全部。同じ時を過ごしても、楽しむと楽しまないじゃ、前者の方が得るものも、たどり着ける場所も、後者より遥かに高い……。俺は元々、伝統だの掟だのは無視するスタンスだから、余計かもしれないけどねェ。――まぁ、その通り、俺が『楽しむ』だ何だっつって言うのも今更だし、なんなんだけどさァ。俺らしくない、って思うかなァ」

 白美の言葉に、黄瀬は何も言えないまま、いつの間にか顔を顰めていた。

(そう、なんスよね……、うのっちは、元々は――)

 と、白美が何やら思い出したようでポンと手を叩く。

「あ、そうだ」

「――ん、なんスか?」

 白美は若干黄瀬ににじり寄ると、うつむき気味に口を開く。

「さっきは口止めしたけどさァ、――ッフ、実はオレのこと、誠凛の皆は知らないんだよねェ」

 彼らしい掴めない口調だったが、若干低まった声からにじむ感情に嫌でも黄瀬は気が付いた。

「……」

――やはり、そうなのか。まぁ、うのっちの過去の諸行を考えれば、それも。

 予想はしていた。だが、思わずうつむく。
 しかし、次に聞こえた言葉に黄瀬はハッと貌を上げた。

「実はさ、詳しいことはてっちゃんにも言ってねェんだよなァ」

「――!!」

 貌を上げた先に見た苦笑は、橙野 白美にはなかなか珍しい表情で。

「改心しただとか、そういう話がしたいわけじゃねェのよ。でも、……ああやって傷を負って、負ったからこそかなァ、色々考えたし、ぶっちゃけ泣いたよ。でも、『新しく始めたい』と思った。その場所を誠凛に選んだのは、テツヤが居たからだ。アイツは、俺のことをその、信じてくれる。――いつか、皆も俺が何者なのか知るかもしれない。でも俺は、テツヤと、俺の気持ちに賭けたいって、思ったんだよねェ」

「な、なら、なんでオレにそんなことを」

「……、要らない話だったかなァ。――ここ暫くはアレだったけどさ……」

 白美はそこで一度言葉を切ると、眼鏡を外して真正面から黄瀬と向かい合う。

「え、なんスか」

「拍子抜けしたら悪ィな、ただ、元チームメイトとか他校のバスケ部とかいう以前に、涼太は俺のダチだと思ってさァ?」

 ニヤリと笑う白美に、黄瀬はとても大きく目を見開いてから、ゆっくりと破顔した。

「散々酷いこと言って、嗤って、邪険に扱って、挙句無視し続けて、アンタ一体どういうつもりでダチなんて言ってんだよ!」

「なァ〜に? 嬉しそうだねェ、涼ちゃん。ホントは寂しかったんでしょ」

「ハァ? 誰が寂しがったりするかよ」

「毎日のようにメール送り付けといてよく言うよなァ……おい、目が泣いてるぞ」

「うぐっ……」

 と、黄瀬が顔を背けたその時、チリンチリンと音がして店の扉が開いた。
 頭に包帯を巻いた黒子が、出てきて小さく溜息をつく。

「あっ」

 そして、ガードレールに足を派手に組んで腰掛けニヒルに笑う白美と、その隣で何やらしんみりしょぼんとしている黄瀬の姿を見た。

「黄瀬くん……?」

「やっぱり少し話がしたくてね、涼ちゃんもそう思ってたみたいだから」

「――ちょっと、話さないッスか?」

 黄瀬は、先程の破顔の名残を黒子に向けた。





 暫くして、店の扉がまたチリンと音を立てて開かれた。
 
「ごちそうさまでしたぁ〜!」

 リコの明るい声が響く。
 だが、店側からは「おぅ、二度と来んなっ!!」とドスの聞いた怒ったような声が帰って来た。
 それもそのはず、もの凄い量の肉と売上を失ったのだから。
 リコ、一年衆、二年衆に続き、火神が店の前の歩道に出てきた。

「うえっ、流石に食い過ぎた……」

 腹をさすりながらのそっと歩く火神は、若干気分が悪そうだ。

「いやぁ〜、お前やっぱ化けもんだな」

 続いて出てきた日向が、しみじみと言う。

「でも助かったな〜」

 小金井も笑った。

「よし、じゃあ帰ろっか〜! 全員居る?」

 リコが、腰に手を当てて尋ねる。
 と、そこで日向が1人不在なことに気が付いた。

「あれ? 黒子は?」

「何時ものことだろ? どーせまた最後尾とかに――」

 そう言う声と共に、彼らは後ろを振り返る。

 が。

「居ない……」

 黒子の姿は、どこにもなかった。

「って、アレ? 橙野くんんも居ない?」

 続いて、リコが気付く。

「あっ、そういえば……。アレ? いつから居なかったっけ」

 まるで試合中の黒子に対しての様に、一同は白美の不在を認識していなかったことに気が付いた。

「トイレ――とか?」

「……、あれ、でも……。そういえば、座席に荷物ってなかったような……」

 ということは、荷物を持って店を出たということだ。

 もしかしたら、黒子も一緒かもしれない。

「――どこ行った……」

 一同は、声を合わせて呟いた。

( an old friend)

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