05Q 4
「さぁ」

 黄瀬の問いに、黒子は一言返したっきりだった。
 黄瀬は肩を落とす。

「そうッス、か……、黒子っち、もし何か情報が入ったら教えてよ」

 黄瀬は、黒子に向かってシャラァ……と笑いかけた。
 しかし、黒子は「どうしましょう」と返す。

「っえー!? 黒子っちイジワるはやめて! ――まぁ、あの人があの人らしくプレイできるチームなんて世界中さがしてもそうそうないと思うッスけど、あの人の存在自体が脅威であることに変わりはない……、そこは中学同じだった同士として、元チームメイトとして。やっぱ教えて欲しいなー、黒子っち。俺も、何か情報あったら教えるッス」

 黄瀬はシャラァ……と黒子にお願いした。
 それに対して黒子は、「考えておきます」と返す。
その刹那。

「――ッな!?!?」

 黄瀬は近づいてくる気配にハッと目を開き、反射的に片手で――飛んできたバスケットボールを止めた。
 ボールは黄瀬の手で回転を止めるとフロアに落ち、バウンドしてまた手の中に戻ってくる。

「いったー、っちょ、何?」

「火神クンっ!!?」

「火神っ!!!」

 ボールが飛んできた方向には、腰を落したままの体勢の火神がいた。
 黄瀬は、ボールを投げた相手、火神を余裕を持って睨む。

「折角の再会中悪ぃな。でも、わざわざ来て挨拶だけもねえだろ。ちょっと相手してくれよ、イケメンくん」

 火神の好戦的スマイルと来いよ、というハンドサインを見て、陰の白美は顎に手を当てて「ほぅ」と声をあげた。
――キセキの世代との対戦が、アイツにとって吉と出るか凶とでるか、それによって今後は大きく変わってくるだろう。

(さァてどうする火神)

 白美の口角が人知れず吊り上る。

「え〜? そんな急に言われても〜……。あー、でもさっき〜……」

 視線の先の黄瀬は、ボールを右手に抱えながら、左手を顎にあてた。
 結果、軽く戦闘モードに突入する。
 黄瀬がふっと笑ったのを見て、白美はますます頬を吊り上げた。
――それに、火神だけじゃない。黄瀬の成長具合も見ることができるのは大いに結構だ。

「ふうん……、よし、やろっか。いいもん見せてくれたお礼」

 黄瀬は観察されているとも知らず、火神にボールを投げ返した。
 「ったくもう……」と呆れてため息をつくリコに、黒子が寄って行く。

「まずいかもしれません」

「ひっ!?」

 そう言う黒子の表情はいつもより僅かながら暗い。

「えっ……」

 しかし、火がついてしまった火神と黄瀬を止めることは、もう外野では困難で。
 誠凛メンバーが見守る中で、火神vs黄瀬の1on1が始まった。

 DF火神に、OF黄瀬。
 腰を低くして構える火神の前で、ジャケットを脱いだ黄瀬が身を屈め、薄い笑顔を浮かべながらボールをつく。
 緊張が走るなかで、黄瀬は右に行くフェイントをかけ、左から綺麗に火神を抜いた。
 そしてゴール前、ぴったりと追いかける火神の前でフルスピードから切り替えし、左に旋回して火神を引きはがす――そのままシュート。

 リコは、今の黄瀬のプレーに覚えた真新しい既視感の正体を辿り、ハッと息を呑んだ。
 他でもない、先程火神が伊月を抜いたプレーそのままだ。

「彼は、見たプレーを一瞬で自分のものにする」

「しかもこれって、模倣とかそんなレベルじゃない……!」

(ざけんな、それさっき俺が――!! なのに、嘘だろ――!?)

 自分の動きをコピーされた火神は、ダンクを何としてでも阻止しようと黄瀬並に高く飛ぶんだ。黄瀬の手からリングに押し込まれようとしているボールに手を出し、辛うじて触れる。
 だが、黄瀬はそのまま火神の手を諸共せず、ボールをリングに押し込む。

(俺よりキレてて、しかも、パワーも!?)

 火神は黄瀬にはじきとばされ、地面におしりから着地した。
 すたっと着地した黄瀬を見上げる火神の横を、ボールが、ゴロゴロと音を立てて転がっていく。

 静寂。

(おいおい、涼ちゃァん。やっぱりさらに進化しやがってんじゃん)

 黄瀬の動きに、流石の白美も暫く瞬きを忘れた。
 それは、誠凛のメンバーならなおのこと。
 彼らはただ黄瀬と火神を見つめることしかできない。
 特に2年衆などは、あまりの驚きに口を利くこともできなかった。

「これがキセキの世代――!」

「黒子、お前の友達、スゴすぎねぇ?」

 一年が黒子に話しかけるが、黒子は黄瀬を真っ直ぐ見据えたまま、「あんな人知りません」と答える。

「正直さっきまで、ボクも甘い事を考えてました。でも数か月会ってないだけなのに、予想を超える早さで、キセキの世代は進化してる」

「ああ、正直俺も、ここまでとは推定していなかった」

 誰にともなく、白美は呟く。

(想像はしてたけどね)

 そんなギャラリーの前で、黄瀬は溜息がちに頭を掻いた。

「はぁ〜……、これはちょっとなぁ〜……」

「っ……」

 あっさりと負けてその上貶された火神は、依然として地面にしりもちをついたままだ。

「こんな拍子抜けじゃ、やっぱ挨拶だけじゃ帰れないッスわ」

 黄瀬は、制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、軽い足取りで誠凛メンバーの方に歩み寄る。

「やっぱ、黒子っちください」

 誠凛側は小さくざわめいた。
 黄瀬は、黒子と白美の前で立ち止まる。

「うちにおいでよ。また一緒にバスケやろ?」

「っ!!」

 それを聞いて、誠凛一同はさらに息を呑んだ。
 だが黄瀬は、そんなことは気にせず、優しく黒子に微笑みかける。

「マジな話、黒子っちのことは尊敬してるんスよ。こんなとこじゃ宝の持ち腐れだって。ね? どうっすか」

 黄瀬は、優しく黒子を誘う。

 それを見た白美は黄瀬から目を逸らし、ハァ、と気付かれない程度に溜息をついた。

(こんなところ――って。酷いな涼ちゃん)

 一方黒子は、真っ直ぐな眼で黄瀬を見返す。

「そんな風に言って貰えるのは光栄です。丁重にお断りさせていただきます」

 そういって、黒子は頭を下げた。

「っ、文脈おかしくねぇ!?」

 黄瀬は、断られた途端顔色を変えた。
 黒子と白美の方に身を乗り出す。

「そもそもらしくねぇッスよ! 勝つことが全てだったじゃん! なんでもっと強いとこ行かないんスか!」

 黄瀬は、両手で拳をつくって握りしめ、黒子に迫る。
 だが、黒子は動じない。

「あの時から考えが変わったんです」

「っ」

「何より、火神くんと約束しました。君たちを、キセキの世代を倒すと」

「――やっぱらしくねぇッスよ、そんな冗談言うなんて」

 黄瀬は、貌を顰めて白美と黒子を見下ろした。

――一体、どうして。

 黄瀬には、黒子の言動が理解できなかった。
 顔を顰める。

「ハハッ」

「――っ?」

 その時、黄瀬は背後から聞こえた笑いにはっと振り返った。
 そこには、何時の間にか立ち上がった火神が生き生きとした表情で立っていて。

(これがキセキの世代、すげぇわマジ、しかももっと強えぇのがまだ4人――いや、トリックスターとかいうのを入れて、5人もいんのかよ……! ニヤけちまう……!)

 火神は、好戦的に笑っていた。

「なんだよ、俺のセリフ取んなよ黒子ォ!」

「冗談苦手なのは変わってません。本気です」

「フッ……」

 黄瀬は2人に宣戦布告されて、ついに小さく口角を上げた。
 ここに、キセキの世代2人と、火神が対峙する。
 その迫力は、傍から見ても物凄いものだった。







 その後、黄瀬は彼等に騒がせたことを詫び、挨拶をしてから体育館の出口へ向かった。
 と、不意に黄瀬は、白髪長身の眼鏡の男とすれ違う。
 ふわっと彼が付けていたのだろうか、シトラスの爽やかな香りが鼻を掠めた。
 脳裏に、オレンジの髪を靡かせた男の姿が浮かぶ。

「え……?」

 反射的に足が止まり、振り返った。
 長い足を優雅に繰り出して、遠ざかる締まった背中。揺れる白髪。
 今、脳を掠めたオレンジは幻であったか。

「……、でも、そんなワケ、ないッスよね」

 目を伏せて、彼にまた背を向ける。

 黄瀬は終始すれ違った白髪の男が、どこか満足げに口角をあげて小さく笑っていたことを、知らないままだった。

(VS dog )

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