24Q 4
その後、席に座るにあたって、皆は奥の掘りごたつの席に着いたのに対し、火神と黒子は黄瀬と笠松と椅子で相席になった。
と、そこで。
「オッチャン、二人〜。空いて……!?」
扉を開いて入ってきたオレンジのジャージに、一同の手は止まった。
「げっ」
「っ……」
秀徳高校、高尾と緑間である。
まさに今まで戦っていた相手だ。
「なんでお前らここに!? つか他は!?」
日向がコップを片手に目をひん剥いて尋ねた。
「いいやあ。真ちゃんが泣き崩れてる間に先輩たちとはぐれちゃって〜」
「!? おい!!」
「へえ、そうなんだ」
気楽な調子で答える高尾に、白美はさり気無く相槌を打った。
「そうそう。そんで、ついでに飯でも、みたいな?」
ところが緑間は即座に踵を返し、「店を変えるぞ」と出て行ってしまう。
「お、おい!」
慌てて高尾も緑間の後を追って出ていく。
ところが扉が閉まって一拍、外をで強風が吹き抜けた。赤い暖簾ははためき、扉はがたがたと嫌な音を立てる。
すぐに再び扉は開いて、びしょびしょになった緑間と高尾が戻ってきた。
疲れた顔をしていた二人だが、高尾はすぐに店内の一人に目を止めて顔色を変える。
「あれ、もしかして海常の笠松さん!?」
「何で知ってんだ?」
「月バスで見たんでー! 全国でも高PGとして有名人じゃないっすか〜! 同じポジションとして話訊きてえなあ〜。あ、ちょっと混ざっていいッスか? こっちの席で話しましょうよ〜、ちょうどPGの橙野もいますし〜」
ハイテンションの高尾に巧みに誘われて、笠松は席を立った。そうして白美がいる奥の席に移動する。
なお、笠松が今まで座っていた席には緑間が座ることになった。
そして。緑間、火神、黄瀬、黒子が一つのテーブルに向かい合う。
「あの席ぱねえええええ!!」
「ちょっとちょっと、ワクワクするわね!」
どっひゃーと四人を見て騒ぐ日向やリコ達。
なおその傍らで、白美は誠凛の面子にちょうど見えない角度で、机に肘をつきながらニタリと笑った。
「やるじゃァん高尾くん」
「お前、アレ、狙ってやっただろ」
高尾は白美に続いて笠松に突っ込まる。
「え〜、まっさかぁ〜」
しかし高尾はヘラリと笑って否定してみせた。
「……まぁ、もう一人座ってくれたらもっといいんだけどな?」
そう言って高尾は、白美に挑発的な視線を向ける。ギラリと光る眼は試合中を彷彿させた。
対する白美は何食わぬ様子で、クスッと口の端を緩めて、白い髪を揺らして首を振る。
「いえいえ、自分なんかが入れる領域じゃありませんよ。まあここはPGとして、自分も笠松さんのお話を是非聞きたいですね」
お好み焼き屋には似つかわしくない、ふわり、とした上品な笑みで白美は言った。
相変わらずの別人っぷり切り替わりっぷりだ。
高尾と笠松は目を丸くして、それから笠松はため息をつき、高尾はハァと肩を下ろして笑いを零した。
「お前、マジで食えねえやつだな。一周回って尊敬するぜ。普通じゃ絶対できねえもん。てかお前、PGなのかSFなのか結局どっちなの?」
「そいつは俺も気になるな。両方レベル高けえってのはわかるが、どっちが得意とかあんだろ」
しかし、白美は肩を竦めた。
「どうでしょうね。自分でもよくわかりませんよ。最初から両方できるっていうのを目指してましたし。まぁ、PGの方が歴は長いですけどね。年上に混じってやれるのは、身長でPGぐらいでしたし」
「へえ、やっぱりお前、ストバス上がりなのか。それにしては教科書通りみたいなプレイをよくしてる印象だが」
笠松の指摘に、白美は眉を上げた。
「バレてました? でも、ストリートにも教科書みたいな美しいバスケをする人もいるんですよ」
「……それを、黄瀬みたいにマネしたってんじゃないだろうな」
「いや、流石にあんな能力はありませんよ。参考にはしてますけどね」
「へー」
高尾の目は鷹の目だ。白美のことをじっと探る。
そろそろいい感じになってきたお好み焼きを確認しつつ、白美は高尾にニコリと笑い返した。
「高尾くん、笠松さんの話を聞くんじゃなかったの?」
遠まわしに、これ以上質問はなしだという主張だ。
高尾は「そうだったな」と笑って、しかし「でも最後にひとつだけ」と、白美に顔で迫る。
向かいの伊月や他のメンバーに聞こえないよう小さな声で問いかける。
「お前、普通にやって十分強いのに、なんでそんなやり方すんの?」
白美は前髪の下で目を眇めた。
言葉には明らかに、今日の白美のプレイに対する苦々しい感情が滲んでいた。
一拍おいて、白美は答える。
「え? 勝つために決まってるだろ?」
「ッチ、そうじゃねーよ。お前なら普通にやっても勝てるくらい強いだろって言ってんだよ」
わかったことを言わせるなと、高尾は表情も少し険しく白美に迫った。
だが、不意にその目に宿った橙のギラつきと翳りに、高尾は気付いてしまう。
今までの質問がなかったかのように、白美は突然席を立った。
「ちょっと、お手洗い借りてきます」
いつもの柔らかい声音で誰にともなく一声かけて、高尾の横を過ぎる。
――「決まってんだろ? 普通に出来ねェから、だから狂うんだよ」。
高尾の耳元で放たれたそれは、低く、ゾッとするような冷たさと、狂気をはらんだ声だった。
でも酷く悲しく苦しそうでもあって、高尾は言葉を失う。
地面に降りて歩いていく白美の横顔を、目を、高尾は一瞬捉える事が出来た。
そこにあった得体の知れない暗がりに、高尾は暫く呆然とした。
彼の姿が奥に消えて数拍、高尾は咄嗟に席を立つ。
「何か俺も便所行きたくなってきた。さっき濡れて冷えたかな」
「……さっさと行って来い」
高尾は笑いながらひょいっと席を立ち、白美の後を追う。
とはいえ小さな店だ。あいにくトイレは一つしかない。
扉の外で高尾は白美が出てくるのを待つ。
そこで高尾は、扉の向こうで白美が激しく咳き込むのを耳にした。
数拍の沈黙、そして大きなため息。
舌打ち、壁を殴る音。
「……やっぱダメだなァ、俺――」
ハハハ、と乾いた嘲笑も聞こえた。
これ以上、ここにいるのはまずい。
高尾は足音を殺して、素早くその場から席に戻った。へらへらと笑いながら席に着く。
「やっぱやめたっすわー、ハハハ」
正直、お好み焼きを楽しく味わう気が失せた。
暫くして、白美は何食わぬ顔で戻ってくる。
「ちょうど食べごろですね」
コップの水を一口。
それから優しく微笑んで、お好み焼きを切り、口に運ぶ。
「ああ、おいしい」
彼は幸せそうに笑う。
でも、内実は自分よりもっとずっと食べたくないんだろうに。高尾は表情のこわばりを隠せなかった。
普通じゃ絶対できない、とは言ったが。
マジかよコイツ、というのが、高尾の率直な感想だった。
(He has a sense of despair.)
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